君を守れない自分が歯がゆい



 今、僕の顔は酷くゆがんでいると思う。
 姉さんが僕以外に笑いかけていて、でもそれは僕達の生活を守るためで。いくら綺麗事を並べても孤児である僕らが不安定なこの国で生活するためにはこれくらいしか手段がない。
 判ってはいても握り締めた拳が痛かった。姉さんが、リンが吐き気を抑えて浮かべる薄っぺらい笑み。双子だから分かる微小な差異に歯痒さを感じる。

「おい、レン。動きが止まっているぞ。客が休憩を挟んだらどうするつもりだ」

「……申し訳ありません、ただいま」

 固まらせていた作業を再開する。黙々と豪華に盛り付けられた料理をテーブルに運んでいく。姉さんや他の女性スタッフの邪魔にならないよう気をつけながら狭い隙間をすり抜けていく。

 所謂未成年の風俗。ここの店長は表向きは飲食店で看板を出してはいるが、警備隊にも黙認されている大手のグループの一店舗だ。
 
 店員は僕らを含め孤児、家出人など身元の保証も働き口もないものばかり。その中でも見た目がいい女性はホールに、男性やあまりパッとしない女性はキッチンに回される。聞こえはいいが非合法店舗のため賃金にあまりに合わない労働が続く毎日。

 それでもここから離れるわけにはいかないのは一重に僕のために全て捨ててくれた姉さんのためだった。


「お待ちどうさまです。注文の品、いかがいたしましょう」

 漸く目当ての客にたどり着いた。中肉中背で、小奇麗な服装に腹が出た体型が目立つ常連客。むしろ目立つのは脂ぎっている顔の方だが口に出すような馬鹿な真似はしない。いつも通り仕事だけをこなすのみだ。

「そこに置いておけ。それと指名延長だ」

 汚物のように金を握らされはらわれる。支給の服とはいえ、自称紳士であるこの男には僕が汚らわしいものらしい。別段珍しいことではないが、やはりここにくるような客に碌な奴はいない。
 ポケットに紙幣をつっこみ、キッチンまで戻る途中に姉さんを探した。指名はあるもの移動や立ちながらのサービスもある此処で特定の人物だけを探し出すなんて至難の業だが、明るい金糸の髪が目につくため案外簡単に見つけられた。
 声をかけるのだけはご法度なので遠目から眺めるだけに留める。さっきと変わらない、精気のない笑顔。僕ならもっと笑わせてあげられるのに。
 堅く眉間に皺がよる。それでも淡々と仕事をこなさなければならない。姉さんは売れっ子の嬢であるからクビになることはないだろうが、ただのバイトである僕は違う。
 

「よし、ラストまでやったら一度上がれ。今日はお前もリンもアフターは無しでいい」

 でっぷりと肥え太った店長が自慢の顎鬚を嫌味ったらしくなぜつけながら言った台詞に小躍りしたくなった。普段ならアフターなしなんて殆どない。

「ありがとうございます!」


 さっきよりは幾分浮かれた気分で、僕は持ち場に戻った。





「お疲れ、姉さん。水飲む?」

「ううん。水分は別にとってあるから。レン君は大丈夫?」

「うん。大丈夫だよ」

 控え室と隣接した仮眠室で僕達は静かに腰を下ろしていた。周りは他のバイトや嬢が数人。大概はこの時間はアフターに出かけている者が主なので人は少ない。
 仮眠室につくなり、姉さんは共同ベッドに身を沈めた。薄汚れてはいるが白いシーツに真新しいドレスはどこか扇情的だったが、それを言葉にはしない。困らせたくない、だなんて自分自身への言い訳だけれど。

 五分したら起こして、と言って姉さんは即座にまどろんでいった。余程疲れていたらしい。起こさないようにそっと薄い羽織物をかける。

 姉さんのあどけなさが残る顔には疲労のあとが見受けられた。一日中、汚い欲望の相手をして、笑って応えていればこうなってしまうのかもしれない。嘘が上手ではないのに無理して笑うから。本当はこんなところで働くんじゃなくて、歌手として生きていたいのに、頑張っているから。
 理由は全て原因が僕にあるもの。僕が両親を死なせてしまったから。

 周りに見えないように声をあげずに泣く。死んでしまった両親に。僕のためだけに頑張る姉さんに。

 僕が五年前、十三歳の頃に起こした火事が元で家は没落し、家族は姉さんを除いていなくなってしまった。僕の蒼い目を褒めてくれた母さんも、自慢の息子と娘だと肩を叩いてくれた父さんも、教育には厳しい両親に隠れて甘やかしてくれた使用人の皆も全て僕が原因で死んでしまったのだ。

 頭が焼けるような記憶。忘れたくても忘れられない、忘れちゃいけない罪。一生消えない傷跡は姉さんの人生まで変えてしまった。
 十字架を背負うのは僕だけでいいのに、引き取り手がついた姉さんは親切なその人の手を優しく振りほどいて僕を抱きしめた。


「レン君と一緒にいるよ。だって私達双子だもの」


 この言葉だけで十分だったのに。結局姉さんと僕は共に路頭に迷い、現在の店で働いている。あと二年すれば成人を迎え、この国では戸籍申請が出来る。そうすれば少なくとも今よりいい場所で働ける。姉さんに楽をさせてあげることができる。

 たったそれだけの希望が僕を支える唯一のものだった。大好きな姉さんをこれ以上あの場所に晒すのは耐えられないけれど、無力な僕が一番憎い。
 こんな僕じゃ姉さんは守れないから。甘んじて今の地位を受け入れるしかない。



 だけど希望の光は見え始めているんだよ、姉さん。幼い寝顔に口付けて、そっと涙をぬぐった。



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