成長

反ちよ


 どこがと言われればよく分からない。正直、傷の舐めあいだったのかも知れない。それでも僕は、反ノ塚と一緒にいると安らいだし、多分彼もそうだったと思う。


「おい凛々蝶〜」

 のんびりした声に応じて振り向けば微笑んだ彼が頭を撫でてくれた。唐突なスキンシップもいつもの事だともう慣れている。何より拒否した時の落ち込みようがひどく、なぜだか当然のように反ノ塚に頭を撫でられていた。大きな手が、一瞬誰かを連想させてすぐそこで思考を止める。今はそんな事を考えていたくない。

「ふん。相変わらず僕を子供扱いするのが好きだな」

「いいじゃないのよ凛々蝶ちゃん。別に減るもんでもないしさー」

「そういう問題なのか?」

 僕が虚勢を張っても、優しく受け止めてくれる。幼い頃から付き合いのおかげでどうしようもなく虚勢を張ってしまう僕の性格を理解してくれる。それはとても居心地のいいことで、彼に甘えてしまってると言えばそれまでだけれど、彼もそれを楽しんでいる節があった。ぐりぐりと強めの力で髪をぐしゃぐしゃにされる。一応手入れはしているため無理なく流れる黒い自分の髪は、いつの間にか切るのを止めていた。あの時から、ずっと。

 暫く無言で世間でいう恋人同士のようなやりとりが続く。ただ彼が本当に好きな女性は僕ではないし、僕が本当に好きな男性も反ノ塚じゃない。欺瞞に満ちたこの関係を続けるのは言葉で語れるほど単純な理由ではなかった。
 永劫の嘘が真実と変わらないように、僕らの関係には確かに愛が混ざっていた。


「お前はさ」
 
 真剣ともふざけているともつかない声音。存外耳元で囁かれた言葉に身体を固くする。彼がこんな風に弱っているところを見せるのは決して多いとは言えなかった。生き残った年上であるという自覚が、彼を縛り付けている。同じ鎖繋がれている僕が言えた台詞ではないのだが。

「もし今過去に戻れるって言ったら戻るか?」

 その過去がいつを指しているかなんて言葉にしないでも分かった。先ほども述べた通り僕が本当に好きな人は寂しがりで愛されたがりででも強くて弱い人で。反ノ塚に似ているけれども決して同じ人じゃない。一年前の僕だったなら即答出来た問いが、今は言葉に詰まる。遠慮をしている訳じゃない。彼も遠慮を求めている訳じゃない。
 一年間という月日は短いというには長すぎて、楽しかった日々を忘れるには短すぎた。支えて貰って支えた時間を無為にするなんて、今の僕には。そんなずるい自分が申し訳なくて、でも頷くのも首を振るのも出来ないでいる。


「……はは。悪かった凛々蝶。嫌な質問だったな」

 答えに詰まる僕を反ノ塚は責めたりしなかった。今回だけじゃない。僕が無茶をして、庇った彼女が死んだ時も、彼は。まざまざと光景が目に浮かんで、やはり僕は卑怯にも目を逸らす。
 加害者のくせして被害者面して甘える僕を、見捨てない反ノ塚はとても優しくてそして残酷だと思う。優しい言葉が、どんな責める言葉より鋭かった。ガラスの破片できってしまったかのように化膿した傷口がずきずきと傷む。

「君は、そういう君はどうなんだ?」

 せめて彼女を迷わず選んでくれたら少し気が楽になる気がした。分かりづらく彼を好いていた彼女しか救わないでくれたら僕の罪が明確になる。優しい彼がどちらか一人を選ぶという行為をしてくれる事で踏ん切りがつけられる気がした。

「んー、そうだなぁ……。俺は別に戻らなくてもいいよ」

 予想通りの返答に失望する自分勝手な僕。
 そして、優しげに微笑む横顔に優越感を覚える僕はあの日の彼女と比べられないくらい汚いと思った。



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