告白


蓮に許嫁が出来たのは一昨日の話だ。別段貧乏ではない我が家だが、父上はまだまだ物足りないらしい。初音家の裕福なお嬢さんが婚約相手だった。

「姉さん、風邪を引きますよ」

あら蓮。縁側でお月見を楽しむ姉を邪魔するとは良い度胸ですこと。許可を取りもせず横に腰掛けた蓮を睨んでも、双子の弟は聞く気がないようだった。

「今は夏だから風邪なんか引きません」
風鈴が夜風に吹かれて鳴った。この風鈴が仕舞われる頃に、舘には初音さんが来るのでしょうね。

「姉さんは身体が弱いじゃありませんか。風邪を引かれれば辛いですよ」

肩に温い上着がかけられた。見れば蓮は自分の上着を私にかけたようだった。

暫く、無言で月を見上げる。不思議な事にいつも煩いくらい鳴いている虫達は音を漏らさなかった。

「鏡音の御当主様に心配されれば仕方ありませんね」

抵抗は諦めよう。代わりに言葉に皮肉を籠めた。
先に生まれたのは私だけれど、身体が弱く女である私に当主は継げなかった。
……結果として、蓮に押し付けてしまったのを後悔している。でも私には罪滅ぼしをする術が無かったから、憎まれ口でも叩いて早く彼から嫌われるよう努力していた。

「凛、姉さん」

蓮は、私を恨んでいるだろうか。
いつか蓮が溢した事があった。好きな人がいると。その方と結ばれる術はないのだと。

「蓮」

隣にいる蓮の手を控えめに握った。細い女のような手だった。

「初音さんとご婚約、おめでとうございます。凛は、当主様の吉事に喜んでおります」

嘯いた言葉に蓮が身を震わせた。身勝手と言われようと、蓮には幸せになって欲しかった。その気持ちは嘘じゃない。
だけど、蓮には当主なんて肩書きが付いていて、私は父上と母上を裏切るなんて真似も出来なかった。

姉に出口を潰されて、蓮は苦しそうな顔をした。

「姉さん、話があるのです。初音さんが家に来る前に、僕は好きな人に告白致します」

ああ。
弟は、こんなにも真剣な顔が出来るようになっていたのか。

「……結ばれるようなんて気は」
「有りません。想いを伝えるだけです」

握った掌が少し汗ばんだ。蓮の、恐らく最後のお願いを断る理由は無くなった。

「凛に出来る事なら協力致しましょう」

きっと蓮はこれから初音さんと幸福な家庭を築くのだろう。初恋だと目を細めた愛しい方を胸に仕舞って。
自分に当主を継がせた姉に頼んでまで、想いを告げたい方と結ばれる夢を見ながら。

「では、聞いてください」

衣擦れの音が耳に届いた時には、私は抱き締められていた。どくどくと、煩い心臓の音が聞こえてくる。

「凛姉さん、好きです」

着物越しに伝わる熱は確かに弟のものだった。
小さい頃から共に過ごした、蓮の。

「初めて、好きになった人でした」

蓮の独白は続く。私は未だに呆然としていた。
まさか、そんな。

「凛姉さんが愛しいのです」

つぅと、私の頬を涙が伝った。

「蓮」

抱き締める事も叶わないまま、私は弟の告白を受け入れた。

「……凛」

いつか、私は嫁ぎこの家を去るだろう。蓮は、秋には嫁を迎えるだろう。姉弟が結ばれたなんて幸せな奇跡有り得ない。

だから、たった一回の告白を許して下さい。

「蓮、好きですよ」






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