甘やかし下手

「紫様……」

「あらぁ、藍じゃない」

「あらぁじゃありませんよ! あらぁ、じゃ!」

 尻尾を逆立たせて八雲藍は自らの主に怒りをぶつける。それもこれも結界の修復をサボり、暢気にお茶を啜っている紫に原因があった。
 いくら式とはいえ、主が仕事を全くしないのは腹に据えかねる。それが紫のせいで折角の休日が潰されたのなら尚更だ。藍は自分の感情に正当性を見出しつつ、切々といかに今日の結界修復がどんなに大変だったかについて語る。肝心の説教されている紫が境界を弄くり、全く聞いていないのに気づいていないくらい、藍は熱くなっていた。熱くなると周りが見えなくなるのが彼女の長所であり、短所でもあった。顔どころか尻尾まで使って感情表現をしつつ、藍の言葉は続く。


 
「で、分かりましたか紫様!」
 
 一息つき、確認を求めれば主人の気の抜けた笑い顔。本人の名誉の為に言っておくが藍は普段とても温厚だ。滅多なことで声を荒げたりしないし親しい友人相手でもそれなりの礼儀をもって接する。そして常に小言を零してはいるもの主人である紫に対しても敬慕の念を持っている。
 比較的、いや幻想郷においては最大規模の懐を持つ藍だが、その笑顔にとうとう堪忍袋の尾が切れた。

「あーッ! もう紫様いい加減にして下さい!! こっちはあんたが仕事サボったせいで休日潰されてるんですよ! しかもたかだか結界の修復なんていうあんたがやれば十分で終わるような仕事で!!!」

 火がついたように捲くし立てる藍に紫はにやにやと嫌な笑みを浮かべるばかり。茶碗を適当にスキマにしまう紫の信用ならない胡散臭い笑顔に益々藍の怒りはヒートアップしていく。対照に紫の笑みが深くなっていくのが尚の事藍の気を逆立てさせる。


「紫様!!」

「ね、藍」

 するりと油断していた藍の腕を掴み、一思いに距離をつめる。引っ張られた腕ごとしっかりと抱きかかえられ、顔を赤くした藍が離れようとしてもそれを許しはしない力。大妖怪であることを思い出させるその顔は一変してかつて国を傾かせた妖孤すら惑わせ、吐息がかかる近さで黙り込む。怒りすら萎んで藍はきっと目を瞑る。ふるふると震える長い睫に紫をくすりと笑みを零した。

「たまには、お休みしましょう?」

 名前を呼んで、抱きしめられて。紫が気まぐれに藍に触れる度に幸せを覚える。直前までの感情なぞ、どこかへ行ってしまうのだから単純である。
 最も、真理というものは往々にして単純にして明快なものではあるが。

 存外暖かい体温に包まれながら藍は誤魔化されてるなぁと知覚する。無論この後処理を任されるのは藍だろうし、紫は甘やかすと称してべたべたと藍に触れるだけだろう。


 ……それでも紫の甘言に耳を傾けてしまっている時点で勝敗は決しているようなものだった。紫の最大限の愛情の注ぎ方がどんなものか理解しているから。結局は紫の思い通りに事が運んでしまっている事に不服を覚えながらも肩の力を抜く。音だけで甘い声を響かせながら抱きしめてくるその人に、私は一生敵わないのだ。



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