あやかし

「廉様、準備が整いました」

「ああ。すぐ行く」

 人形のような風貌の少年と、それによく似た少女。二人の動きは優雅であるのにどこか機械染みていて人間らしさを感じられない。薄暗く長い廊下を通り、微かに板が軋む音だけがあたりに響いた。

 少年の名を廉、少女の名は凛。二人の生家は妖使いとしての名家であり、二人は将来を有望視されていた妖使いだった。二人の息の整った言霊により喚びだされる様々な妖怪は式神レベルのものから神話レベルのものまで。まさに千年に一人の逸材が姿を写して生まれ落ちたようだった。

 それも全て、凛が大怪我を負うまでの話ではあったけれど。


 一言も発する事なく二人が辿り着いたのは廊下より更に薄暗い黴の匂いが染み付いた部屋。家具も何もない部屋の中央にでかでかと描かれているのは今はもう失われているはずの召喚術式。赤い赤い塗料で描かれているそれは知識がないものでも禍々しさを感じ取るに足りているものだった。

「これで、全て終わるんだな?」

「ええ。廉様の御心のままに」

 凛が跪き、廉が当然のようにその手をとる。古めかしくはあるが鋭い刃を白い肌に這わせればたちまち赤い筋が雫となって零れ落ちる。零れ落ちた場所から窓もない部屋に風が舞い込み、衣服を吹き上げていく。
 だらだらと血を流したままの凛と色づく魔術に目を奪われている廉。その瞳には妹への労いなどなく、ただ力を求める若くそして危険な暴力の色だけが映っていた。
 彼の、いや彼らの目的は当初凛に危険な召喚を強いた生家と妖使いたちが所属する協会への警告だけのはずだった。強大な力を持つ協会に丸腰で挑むのは自殺行為に等しいと探し始めた自衛手段。その過程で見つけた術式の一つに廉の対魔属性が退けられてしまった。今の廉のはただただ力を渇望する獣となんら変わりはない。そんな廉はもとより退魔の力に優れた凛も、廉への依存から行為を止めることはなかった。

 破壊と創造。

 神の真似事のようなお遊びとはいえない行為の危険性を十分理解して尚、凛は廉と運命を共にする気でいた。片腕では最早召喚術は使えない。ならば触媒として役割を果たすために血を垂らし続ける。血によって描かれた召喚術式は凛の血ではなかったが、召喚の際に捧げる血液は妖使い本人のものでなくてはならなかった。幸い廉と凛は双子。生贄は同一のものとして見なされるらしい。証拠に轟音をあげて部屋を軋ませる風はよんでいる邪な神が来る合図だった。
 血を好み、火を好む。
 古来より封印されてきた術式の逆を紐解き蘇る神は廉が望む破壊に相応しいもの。世界の終焉すら望む彼には、お似合いの神だった。

「我の名において喚ぶ。我が生贄を喰らいて神代より姿を現せ」

 まだ少年らしさが抜けきっていない声で叫べば一際風が強くなる。まるでかまいたちのような鋭さを持つ風は不思議と廉と凛を傷つけない。契約がなされるまでの腕試しなのか、甚振りなのか。判断はついていなかったが引くという選択肢は最早なかった。無意識にか凛が血を流していない方の、あまり動かない手で廉の服の裾を掴む。
 いつの日かの、ただ楽しかった日の思い出が一瞬だけ流れて風の音の中へ消えた。



 
 ついに風がぴたりと止み、術式に相応しい神が地に舞い降りる。


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