good bye


 きっと自分は生まれてこなかった方がよかったに違いない。どろどろの液体を肌にたらしながらフランドールは結論付けた。壊す事しか出来ない癖に、独りが嫌いで、優しくなんて出来ないのに誰かに甘えたいだなんて我侭を叶えてくれる人はいない。癇癪を起こせば直ぐ壊してしまう妖精メイドは勿論姉であるレミリアでさえ自分の事を腫れ物にでも触れるように扱うのだから。
 日に当たらないせいで真っ白な己の掌をゆっくりと開閉させる。こうしていれば自分の意志通りに動くのに。なんで誰かと関われば関わるほど自分の意志を無視して体が動いてしまうのだろう。生まれ持った能力が厄介なことは重々承知していたがフランドールにとっては自分の性格が一番厄介だった。

 情緒不安定、その言葉がもっともしっくりくる表現。機嫌が良い時は鼻歌交じりにどこまでも行けるのに一度機嫌が悪くなれば冷笑一つで相手を壊した。一度だけ、モノを壊し始めた時に鏡越しに自分と目があった事がある。姉と同じ紅い瞳は狂気に彩られ、透けるような白い肌と金髪に赤黒い液体を纏わせて。三日月のように笑う口元から覗いた自分の感情が怖かった。一瞬で目が覚めたように大人しくなった破壊衝動。それ以降は真っ先に鏡を壊すようになったから止められてはないけれど何処か普通の生活を続けていても、あの時の自分の姿が浮かぶようになった。
 瞼の裏に狂った自分の姿が浮かぶ毎にフランドールは息が苦しくなる。

 狂いたくなんてない。でも自分の抑え方なんて分からない。
 襲ってくる破壊衝動は暴力的でフランドールの未発達な理性などあっという間にかみ殺してしまう。抗っても抗っても閉じ込めておけない感情は自身の奥底から湧き上がってくるのだ。

 ――そうして気づいた時には何もなくなってしまう。お姉さまがくれたお気に入りのぬいぐるみも、パチュリーがくれた絵本も、みんな壊してしまった。この手で切り裂いて、バラバラにした。断片的に残る記憶は確かに己の指が大事だと思っていたモノを破壊してしまった事を覚えていた。記憶なんか残っていない方が幸せだ。
 フランドールには幸せな記憶よりも圧倒的狂った自分が犯した蛮行の記憶の方が多い。それならば、いっそ。

 自分ごといなくなればいい。爛々と目を輝かせる。能力発現の証であるそれは、意識して使ったのは初めての事だった。消費するエネルギーの調整が難しいが何とか対象指定のところまで持っていく。荒い息を吐く自分が、堪らなく満足感を覚えている事に気づいて少し腹がたった。過去に壊したものを直せているわけではないのに自己満足に浸るとは、なんと愚かなことか。幼いなんて言い訳にはならないのだ何度も自分に言い聞かせていたのにどうしてか今更になって言い逃れを始める胸内に怒りを通り越して恐れを感じてフランドールは服の裾を握り締める。

 後少し。あと少しでいい。

 どうやら能力の対象を自分自身にするには身体の防衛反応が働くらしく、中々上手くいかない。焦りと苛立ちを感じて、冷静になろうとする自分もいて益々混乱していく。

「……はっ」

 いつの間にか流れる汗。新陳代謝が緩やかな吸血鬼の身体をもってしても大量に消費していく体力と魔力の供給が間に合わず、急激に倦怠感を覚えていく。そして代わりに身体を満たすのは馴染み深い衝動。呑まれそうになる自分を必死で叱咤して集中を取り戻す。
 もうあの虚無感に襲われるのも、大切なモノを壊すのも嫌。だったらまだコントロールがきくうちに私を壊してしまえ。全てを破壊するこの両腕も、狂気に支配される精神もいらない。

 酸素が足りなくなって、でも吸い込んでしまえば漏れてしまう何かがあるから口をぱくぱくさせることしか出来ない。奥歯を噛み締めれば漸く目的が果たされたのがわかった。苦しくて意識も朦朧としているのに、自分が笑ったのがわかった。


 きっと最後であろう光景は握り締めた拳で、そうして最期に願ったのは出来るならまたもう一度ここに生まれてくることだった。



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