甘すぎるわ、これ


 瀟洒、と彼女が自分の事を指したことは無かったが口に出さずとも自他共にそれを自負していることは彼女を知っていれば誰であれわかっていた。無論彼女が彼女の主である夜の王、レミリア・スカーレットの為に完全足らんとしていることなど、最早一般常識のレベルで流布していた。
 そんな彼女が驚愕に顔を染め上げ、どうしたらいいのか分からないといった風で主を見上げるのはごくごく珍しい。動く図書館、パチュリー・ノーレッジは傍目には全く感情を表さず、そう結論づけた。今パチュリーの城ともいえる、まぁ居候の身分なのだが、ともかくパチュリーの聖域である図書館にいるのは親友とほざくレミリア、その狗、別名咲夜ともいう、パチュリーだけ。胡乱げな空気を撒き散らすかの迷惑な使い魔であり、魔女の従者にぴったりともいえる小悪魔は、現在妹様の遊び相手に借り出されていた。曰く、丈夫で再生がきくから、らしい。
 脱線しかかった話をもとに戻そう。犬によく似た我が家のお狗様は現在主人の前で固まっていた。数年前の生意気盛りの彼女であったなら、パチュリーはいい気味だと鼻を鳴らしただろうが、生憎というべきか今は必死の教育のおかげで完璧超人ともいえる彼女である。無碍に放置するのは些か居た堪れないので、面倒ではあるが助け舟を出す事にした。

「レミィ、咲夜が訳分かんないって顔よ」

 若干投げやりになってしまったのは性分である。どうこう言われても仕方がないのだ。鉄面皮を崩さず、本から視線を外さずメッゾソプラノの声が響く。

「だから、バレンタインだよバレンタイン。咲夜も知ってるだろう?」

「存じてはおりますが……」

 あ、回復した。流石忠犬、主人の声にはちゃんと反応するわけね。犬耳でも生えてきそうな咲夜の銀髪をちらりと本に目を滑らすついでに見やる。相変わらず手入れが行き届いている。九十五点。

「だからなんであんたがチョコを咲夜に贈るのかがわかんないんでしょ」

 さっさと疑問を口に出せばいいのにぐずぐずしている咲夜に代わり言葉を発せば、一拍後のレミィの高笑い。こいつ、本当ふざけてるわ。
 居候の身でなかったら追い出すのに、と内心疲れきりパチュリーは本の世界へ逃げ込む。自分から口をつっこんでおいてあれだが、これは付き合いきれない類の計画だ。そもそもこんな愛らしくて愚かで綺麗で脆い生き物を飼うと言い出した時点でレミィの頭の螺子が飛んでいるのを疑うべきだったのだけれど。自分だってしっかり絆されておきながら責任転嫁に余念がないのは魔女の性。たった百年だけれど自分の種族の生き方は理解してるつもりだった。勿論、吸血鬼の彼女も、人間の彼女も。

「チョコなんてものに想いをこめる? 下らない。私が渡したいから渡すだけさ」

「……だそうよ」

「は、ありがとうございます」

 ふんぞり返るレミィの言葉を額面通りに素直、というか何と言うかで受け取り咲夜は一礼する。きっと不器用なりに悪戦苦闘したであろうラッピングのリボンがなんとも。憐れみの視線を送れば白々しいほどの笑顔。若干言うなと圧力をかけられているのは気のせいではない、多分。

「でも私のような」
「煩い。二度は言わない」

 愚直にも主従関係であることを事ある毎に再確認しようとする咲夜はレミィに詰め寄って、レミィが丹精こめて作ったなんて夢にも思わないチョコを握り締めた。反論された言葉にただ黙って頷いたのは納得からではないけれど、別の意味で素直ではこの二人がとこどおりなく贈り物なんて無理な話なのだ。
 おせっかいの虫が偶々なったもんだから、余計な口を叩くことにする。

「別に、ホワイトデーに三倍返しって言葉があるんだからレミィが先に渡していいんじゃないかしら」

 どうせ咲夜の事だから今日までバレンタインがあることなんて知らなかったんでしょ。助け舟を出せば同時に輝く馬鹿二人。世話が焼けるわねなんて妹様の真似をしてみる。

「そうですね! ではお嬢様、一ヶ月後を楽しみにしていて下さい!」

 挨拶もそこそこに消えたのはきっと新しいお菓子でも考案するため。レミィはレミィで嬉しそうな顔をしたあと、私に向き直るとぼそぼそと余分な言葉を喋りながらラッピングされた箱を渡してきた。押し付けるが早いが、矢のように消えていく彼女に言葉もない。

 見た目が綺麗ではないが丁寧にラッピングされたチョコレレート。甘い甘いその中身はどうやら私には甘すぎるみたいだった。



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