きらきらと輝くそれは

静波←臨



 いざや。
 
 彼女が自分の名を呼ぶのが好きだった。冷たい感情が余り籠もっていないような声音だったけど、彼女は確かに人間。そう、俺の好きな人間。大勢のうちの一人で、でも弟に恋しちゃった哀れで楽しい面白い。たったそれだけで観察対象でしかなかったはずなのに。優秀な秘書ではあるけれど、まぁ代えがきく人間で、手放したくはないけれど執着するほどではない。そう最終判断を自分で下したのにまだ俺は往生際悪く彼女が一人で幸せになるのを拒んでいた。嫌だ、嫌だ、嫌だ! 馬鹿みたい。小さいガキみたい。心の中の自分を嘲笑ったって本心は変わんなくて。ぐるぐるぐるぐる堂々巡りを繰り返す思考にいい加減苛立ちを感じる始末だった。らしくもなく、ものにあたって湯気をたてたマグカップから中身が飛び出る。コーヒーだからきっと染みる。どこか他人事の考えが頭を通っていく。


「臨也?」

 波江が珍しく心配そうに名前を呼んだ。多分、この微妙なイントネーションの違いが分かる人間は世界で片手で足りる程度だろう。俺が入っている優越感と、彼が入っている事で込み上げる吐き気。大嫌いだ、あんな奴。気持ち悪いくらい人間離れした怪物。静ちゃんだって、波江の変化に気づくなんて気持ち悪い。零してしまったコーヒーを拭きながら、波江の見る目の無さに半ば絶望の境地にたつ。
 ああなんで静ちゃんなの。彼よりいい男が君の目の前にいるってのに。冗談めかして惚けるように心を誤魔化せば普段は全く作動しない良心というやつが疼いた。こんなところで自分も人間なんだなぁ、なんて感慨深げに呟く俺と、煩いと駄々をこねる俺。二つに割れたような人格が面白おかしく脳内で討論を始めるもんだからもうたまったもんじゃない。

「大丈夫だよ。それより、波江どうしたの」

 心配そうな顔しないでよ。期待しちゃうじゃんか。君と恋をして君の瞳に映るたった一人を変えたのは静ちゃんなのに俺にまでそんな顔しないで。本当に君って天然で性質悪いよね。意識しててもしてなくてもホント有り得ない。有り得ないよ、波江さん。今までの俺の容姿に対して一切興味を示さなかったくせに、内面だって気にしてなかったくせに。

「どうしたのって何よ」

「珍しく心配してくれたじゃない」

 にやにや笑いながら返せば今度は不機嫌になった。分かりやすいな。でもそんなところが人間っぽくて好きだ。……なーんて何時になく乙女みたいな思考回路。どうしたもんか。もうそろそろいい大人、というかいい年なんだけど。呼吸するみたいに嘘をつけばカフェインをとった時のような覚醒感が身体を駆け回る。どうやら俺は心底嘘を愛しているようだ。これで相思相愛だね、なんて脳内会議の片割れに笑いかければまた爽快感。

「……あんたは今日、いつにもまして気持ち悪いわ」

「あ、ひどい。波江冷たい」

 流石に引いた顔されれば傷つく。嘘ですが。この中毒みたいな嘘を撒き散らしながら俺はずっと彼女の左手の永遠を羨むに違いない。


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