四文字の言葉

 小さい頃、魔理沙が私に言ったことがあった。
 お前は何になりたい、と。私はその問いに答えられなかった。


「いい加減森へ帰れ、馬鹿魔理沙」
 
 ぐうたらと人ん家、もとい人の神社でごろごろして。黒い帽子に黒い服。魔法使いのイメージまんまの服装でも中身がこんなにだらけていちゃ意味がないじゃない。勝手に上がりこんではお煎餅とお茶を強奪する幼馴染はわりかし手入れをされている金髪を無造作に畳みに散らしていた。宝の持ち腐れって、こういう事を言うんじゃないだろうか。炬燵を一人で占領する自称魔法使い他称泥棒に溜息を吐く。

「うーん、後ちょっと。それとお茶おかわり」

 駄目だこいつ。まるっきり動く気がない魔理沙を退かすのは諦めて蹴飛ばしてスペースを作る。痛いだなんて音が聞こえたが気のせいよ気のせい。ぬくぬくと炬燵の中に足を突っ込ませればどかしたはずの魔理沙の身体にあたる。にらみつけてやればに力の入ってない笑みで、そんな姿にきゅんとしてしまう自分も馬鹿だと思う。だけどこいつ、顔だけは無駄に可愛いんだもん。誰に言うでもなく言い訳して、炬燵の中から魔理沙を追い出そうとする足を止めた。つくづく私も魔理沙に甘い。
 私だけじゃなくて、誰も彼もが基本的に魔理沙に甘かった。妖怪だらけの幻想郷では確かに人間が幼くて、しかも妖怪と遊べる人間なんて数少ないけれどそれにしたって甘やかされすぎだ。何より同じ人間の咲夜や早苗まで魔理沙に甘いから私だけは厳しく接しようと思っているのに。小さな頃からよく見知った魔理沙の純粋そうな笑顔に私は弱かった。

「自分で淹れてきなさいよ。それと飲むときは起き上がってね」

 なんとか理性を保ってお茶を啜る。たまには動かさないと、本当の駄目人間になってしまう。文句を垂れつつも炬燵から抜け出す魔理沙がいなくなってから漸く一息ついた。調子狂うというか、何と言うか。

 暫くして台所から大仰そうに帰ってきた魔理沙はお茶菓子を握っていた。長年の付き合いで隠し場所もとっくにバレているので今更何も言わない。

「ほれ。お前の分な」

「いや全部私のなんだけど」

 能天気に笑いやがって。むかつく。でもそれを許しちゃう自分も、少し腹ただしい。くそう、他の奴なら今頃スペルカードを叩きつけているのに、魔理沙相手だとこうも上手くいかない。魔理沙の笑顔だけじゃなくて、博麗の巫女だんて大層な名前がつく前から隣に座っていた魔理沙自体に私は弱いのかもしれない。
 とんでもない結論が悔しくて、少しむくれながらお菓子をほうばる。

「あ、そういやさ」
 
 唐突に話し出すのはいつもの事とはいえ、お菓子のカス飛んだし。汚いわね。
 悪い悪いと流す魔理沙に早くも諦めを覚える。こいつ、綺麗に食べる気ないわ。普段のご飯は丁寧に食べるくせにこういう間食の食べ方は汚い魔理沙には後でテーブルを拭かせるとして、いきなりどうしたんだろうか。暇つぶし程度に耳を傾ける。

「昔私がお前に夢はないかって聞いたことあったじゃん?」

 あったっけ、そんな事。薄れがかった記憶を必死に手繰り寄せ、曖昧な場面が頭に浮かぶ。

「あれ、なにになりたいかじゃなかったっけ?」

「どっちでも大して変わんないって。とりあえずあっただろ?」

「うん。まぁそんな事もあったわね」

 相変わらず適当だ。でも話に大して影響はないと魔理沙が言うんだから聞いたげるとしよう。ざっくらぱんに聞き流しながら続きを促す。お茶を片手にする昔話は普段ならあまりしないことだから。
 今か、未来か。普段なら先のことしか考えない魔理沙が過去のことを振り返るだなんて真似をすることがとても珍しい。

「その時、お前とくに、なーんて答えてたよな」
 
 にひひという擬音がぴったしな笑い方をする魔理沙。珍しく感傷的になった私の気持ちを返せ。真剣な話をするかと思いきや、こうやって人のことを馬鹿にする。慣れているはずだけどちょっと考えてしまった分いつもより恥ずかしい。炬燵の中で足を踏みつけれると情けない声で悲鳴をあげられた。

「うっさい。可愛げがなくて悪かったわね」

「そういう事じゃないってのに……。全く、これだから暴力的な人間は困るぜ」

「はい?」
 
 笑顔で圧力をかければ嘘だってーと簡単に引き下がる魔理沙。軽いのよ、その態度。私以外にも簡単に愛嬌を振りまいて、ずるい。嫉妬に似た何か、いや嫉妬そのもの感情が魔理沙と二人きりなのに湧きあがって苦笑する。どこまで私は強欲なのよ。たかだか十年程度の親交、妖怪から見れば大したことないのかもしれない。でも私にとっては一番大事で。彼女にとっての一番は分からないけれどそれが私であれば願った。

「それで? あんたは何が言いたいのよ?」

 いい加減話が進まないから踏みつけた足をどかして本日何度目かの溜息をつく。溜息をつくと幸せが逃げると言うけれど溜息でもつかなきゃやってらんないわ。

「いや、今だったらなんて言うのかなーって思って」

「……別に。特にないわよ」

 一番最初に出てきた馬鹿な考えを振り払うように首をふった。
 馬鹿みたい馬鹿みたい馬鹿みたい。私ばっかが意識して、嫉妬して。挙句のはてに魔理沙の隣にいる人間になりたいだなんて。熱い顔をテーブルに押し付けて自分の髪で顔を隠す。日本人離れしたどこかの誰かさんとは違ってスタンダードな自分の黒い髪色がありがたかった。

「なんだよー。つまんねーなー」

 不平を響かせながら言われても言えないものは言えない。仮に言ったとして、何て言われるか分かったもんじゃない。

「じゃあ魔理沙さんの答えを教えてやろう。特別スペシャルだぞ?」

 特別とスペシャルは同じ意味よ、馬鹿ね。つっこもうとして顔をあげれば少し赤い魔理沙の顔。何照れてんの、こいつ。気づいてるのか気づいてないのか。

「十年前と変わらず、ずっと霊夢の隣にいる人間でした。じゃじゃーん!」

 自分で勝手にセルフファンファーレなんてつけて魔理沙は倒れるように炬燵にもぐりこんだ。此処からは見えないけれど、多分赤くなっている彼女が愛しい。可愛いけど、恥ずかしいやつめ。にやにやと緩む頬を押さえ切れなくて見られていないのを確認してから口パクだけで魔理沙に向って返事を放つ。聞こえさせる気がないからこそ口に出来る言葉もある。

「わたしも」

 たった四文字分なのに、何故か凄く大事な事。声に出して言える日が来るまで、もう少しだけ待っていて。



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