初恋少年

最初に見たとき、とても綺麗な人だと思った。眩しい金色と輝かしい笑顔。少し緊張して教壇の前にたったその姿に、一目惚れをした。


「鏡音先生!」

ちょくちょくリン先生に会いに行くようになった。人がいるところでは上の名前、二人きりなら下の名前でいいよなんてずるい。自分が特別だと錯覚してしまう。リン先生は俺が大好きな顔で笑う。花が咲いたみたいな綺麗な笑顔。

「あっ、レン君」

そう言ってお茶を用意してくれる彼女が眩しくて心臓がどきどきする。五つも年が離れたリン先生はまるで俺より小さな子供みたいに無垢だ。柔らかい金髪を無造作に束ねた先生はなんとなく色っぽい。思春期特有の妄想に飲まれそうになりながらもなんとかこらえる。
大体、例え生徒だからって高三にもなればリン先生より強いんだよ。何より保健室に二人だなんて襲ってくれと言わんばかりじゃないか。

「先生に会いたくてはまた来ちゃった」

でも先生が怯えて軽蔑した視線を投げかけてくるのに耐えられる勇気も結局ないからバスケで鍛えた腕力も使う機会なく終わる。先生が好きないい子を装うのも、もう慣れた。

「昼休みなんだからちゃんとお弁当食べなきゃ駄目だよ?」

「ちゃんと食べる! 先生と一緒にね」

少しくさい精一杯の告白も笑顔で流される。くそう。意識、されてない。
和やかに昼食を啄むものの雰囲気といったものは一切出てこない。俺が一方的に好きで、から回ってるだけ。自覚が出来る分余計に悲しい。でも先生に直接言えるわけはなくて、普段のキャラを隠してる。ずるいけどこれが俺にできる最善手段なんだ。
 全く警戒心がないリン先生はお手製の可愛らしいお弁当の紐を解くと、俺の為に少し机を片付けてくれた。距離は約五十センチ。ギリギリパーソナルスペースに踏み込めていないのはわざとなのか天然なのか。恋は盲目というけれど、そんな状態で複雑な駆け引きなんて出来るわけ無い。計りかねる先生の真意を前にとりあえず母さんが作ってくれた弁当を広げた。

「わぁ、鏡音君のお弁当いつも豪華だねぇ」

「先生も鏡音でしょ。大体、そんな豪華じゃないって」

 ……母さんは昔から忙しい。でも忙しくてもいつもお弁当だけはきっちりと作ってくれた。卵焼き、和え物、コロッケ。今日のメニューだって全部手作り。しかし高三にもなると母さんの弁当を褒められるのは少し恥ずかしいわけで。照れて謙遜した俺に、リン先生は優しく微笑んだ。どこか嬉しそうで、どこか悲しそうな顔に苦しいくらい心臓が跳ねる。顔、赤くなってないかな。

「……大事にしなきゃ駄目だよ、お母さん」

 そう言った先生の顔が真剣すぎて思わず黙って頷いた。笑ってるのに、先生はいつもの明るさが陰を潜めていた。事情がある。それくらいは推測できるけれど、踏み込んでいけるだけの勇気も話術も何も知らない子供な俺は本当に何も出来ない。悔しくて、楽しいはずのお昼の時間にちりちりと焦りがつもる。早く、大人になりたいよ。こんなに近くにいるのに何も言えない自分が悔しい。何て言えば、先生は笑ってくれるだろう。

 困ったように笑えばえい、と可愛らしくでこピンされる。いきなり痛い。

「さ、ご飯食べよ?」

 冷めちゃうよーだなんて切り替え早すぎる。暗い顔は吹き飛んでいったようで俺まで嬉しくなった。俺がその顔にさせたのじゃないのが悔しいけれど、リン先生は笑ってる顔が一番可愛い。
 初めて可愛いと思った人。高三の始業式の日、初めて見た日の挨拶ですとんと何かにはまるように恋をした。未だに告白すら出来てないけれど、いつか絶対手に入れてやると誓った笑顔はまだまだ遠い。手に入れるだけじゃなくて、ずっと守るつもりでいるけれど。秘かにブレザーの袖を握り締めて、先生にバレないように誓いを新たにする。大袈裟だってなんだって、どうとでも言えばいい。俺は先生を手に入れるためならなんだってするのだ。

「わかってるって。先生のから揚げ、もーらい!」

 守るのも手に入れるのも出来るほど大人じゃないから。今はまだ生徒と先生でいい。いつかちゃんと先生に見合う大人になったら覚悟しといてね、リン先生。


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