僕が見ていたのはいつもの幻想


「せんぱーいっ!」

 唐突なジャンピング抱擁に身体を支えきれず重心がずれる。掛け声と共に背中に抱きつかれるのは一体何度目だろうか。毎度のことながら、こいつも飽きないな。自分と全く同じ容姿であり、act.2と呼ばれる鏡音レンは所謂チャラいと評されるような性格をしており相方のリンにまで堅すぎると宣告された自分は合わないような気がする。というか、僕は先輩と呼び慕うact.2のレンを嫌いではないけれど苦手だった。

 わざとらしく吐いた息は聞こえているはずなのに。気にする気配もなくact.2の彼は一方的に喋り続けている。聞き流してはいるがその半分は彼の鏡音リンのこと。僕のリンと違い、大分内気である彼女のことは中々好きだった。まぁ、うちのリンが一番なのだけれど。
 

「いい加減離れてくれない? 暑苦しい」

 いくら同じ顔とはいえ男に抱きつかれたら気持ち悪い。現に鳥肌たってるし。それに人の惚気聞いてるほど僕も暇じゃない。
 えー、だのぶつぶつ不平をもらしながら結局離れてくれるレンは素直だ。旧型、というよりact.1である僕らより性能としては優れているのに先輩として僕らを慕ってくれているし、いい子ではある。若干猫目がかった碧眼は背中にくっついてる間は見れなかったが随分興奮気味に開かれていた。

「先輩、やっぱりリン可愛いですね! いやリン先輩も可愛いんですけど、うちのリンも負けてないっていうか」

 だから何しに来たんだろうか。正直彼が僕の相槌を求めているとは思えない。なのに彼は収録の合間にちょくちょく僕らの楽屋を、それもリンがいない時に限って訪れる。一度につき勢いだけで語っていく時間が十分ほど。しかし毎度毎度それとなると僕だって飽きるし疲れる。別に返事がいらないなら壁に向って話せばよいのに。

「わかった。わかったから帰って」

 どうやってリンがいないのを突き止めているかしらないけどリンが帰ってきたなら一秒だってこいつの為に邪魔されたくない。一分一秒だってこいつに割く時間は、リンがいるなら無駄になってしまう。

「ひっどいなぁ先輩。ま、時間なんでいいですけど」

 俺たちも収録あるんですよー、なんて自慢かよ。扱いが難しく調教が難しい僕達に比べ確かにact.2の声は調整しやすい。卑下するつもりなんて更々ないけど実際仕事がどちらが多いかと言われれば一目瞭然だった。
 僅かに劣等感を刺激する言葉を無自覚で吐くから性質が悪い。こういうところが苦手なんだ。ひがみだと分かっているけど、こういう恵まれた奴が好きになれない。歌姫の後継として生み出された筈なのに未だに彼女を越えられない。初音と鏡音という相容れない性質が持つよさもあるが、競い合いなれば初音という壁はとても高くて大きかった。 
 だからこそ自分でもあるact.2が恵まれているのに余計目がいってしまう。appendは僕らとは開発コードが同じであるが、素体から作り直しているからまだ言い訳できる。でもact.2は開発後の音源を調整したものであるから素体は一緒なのだ。力量は大差ない。ただ使いやすさという点において圧倒的に劣っている自分が悔しかった。リンに対して歌えればいいと思っていた歌はいつの間にか僕の中で大きな存在になっていて、レンが気にもかけずに言った言の葉が一々棘のように気にかかる。

「あっそ。じゃあ尚更早く出てってくれ。リンとチューニングするし」

 今日はロック系の収録が主だからボイスパーカッションもしたい。早くどっかいけオーラで視線を送ればくすくすと楽しげに笑いながらレンは扉に手をかけた。

「じゃ、ありがとうございました先輩。そろそろ時間が本当にやばいので行きますね!」

「もう二度とこなくていい」

「そんなー!」

 まだ何か言おうとしたレンに適当に転がっていた小物を投げつける。当たる前に扉が閉められ力なく床に落下したそれはやたらファンシーだ。多分、リンのかな? 拾っとかないと後が怖いので扉に近づいた瞬間、静かに扉が開いた。


「リン!」

「あ、レン」

 花が咲いたような笑みで愛しい人が笑う。拾いかけていたピンクのシュシュとやらを押し付ければ何落としてんの、なんて軽く小突かれた。これだけのやり取りでさっきまでの気まずい気持ちが洗い流される。普段のなんでもないことでいい、リンがいさえすればこんなにも幸せで空虚な気持ちが埋まるのだ。

「あー、さっきまたレンが来てさ。あいつ、本当しつこいよなー」

 リンのところにはact.2のリンが来たのだろうか。楽屋に入る度ふらっとどこかへ消えるときがあるリンを束縛したことも詮索したこともないが気にならないといえば嘘だった。でも少し髪が乱れてるし、遊びに全力過ぎるきらいはリンに対して曲に関しては不安はなかった。


「リンはどこいってたのさ? リンちゃんのとこ?」

「うんまぁね。ガールズトークってやつですよ。男子禁制ですから!」

「が、ガールズ?」

「レーンくーん?」

 軽口を叩けばぺしりとリンが額を叩く。落ち着く。本当に僕はリンに依存している。別段直す気も起こらないけど。
 甘えるようにじゃれかければ、呆れながらもちゃんと返してくれる。ごろごろと転がって音を共鳴させて遊ぶ。震える声に包まれた情感までもを確かめながら曲の調子に合わせてリンの肩に手を置いた。小動物みたいに一瞬リンが震える。真面目な顔して顔を見つめれば逸らされる瞳、守るように身体を堅くするリンが可愛くて、ついつい調子にのって沈黙してみる。



「……好きだー!」

「わー!」

 びびりなリンが可愛くてネタバレしながら甘えれば向こうも同じくらい抱きついてきたから痛いくらい抱きしめあう。こんな瞬間がいつまでも続けばいいのに。
 僕のささやかな願望は、リンのおかげで成り立っていた。
 

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