もしも


 もしも君が鏡音リンじゃなかったとして。
 そう唐突に呟いたレンはいつになく楽しげだった。レンはたまに今みたいに変なことを言い出すときがある。そんなときは彼に合わせて深く神経を共有することにしていた。レンとなら、言葉にする繋がりより強く結ばれた絆があるから。
 
「そうしたらリンはなんなんだろうね。多分、VOCALOIDではあると思うんだけど」

 薄い擬似血管が張り巡らされた喉から言葉を発し続けるレン。シンクロが出来る私たちにとって本来言葉は無意味だ。似せて作られた顔は今、全く違う感情を映し出している。

「そうかしら? ただのガラクタかもしれないわよ?」

 鏡音は初音を越えることは出来ない。研究者達が結論づけた答えはそれだったのだから、開発されるより早くそれに気づかれていたかもしれない。むしろ、そんな事に気づいてしまったら初音ミク以外のVOCALOIDは必要あるのだろうか。彼女こそは電子の歌姫で、VOCALOIDたちの頂点。どこまでも透き通る歌声は同じ機械である私達ですら冷静な分析が出来ないくらいに圧倒的な存在感があった。
 だからこそ、私は自分の価値が見出せない。確かに消費される存在である私たちはユーザーに必要とされる限り存在し続けるだろう。だけど私たちの幸せはどこにあるの? 一体、どこにいけばレンと二人ぼっちになれるの? 大事な片割れ以外の世界なんか興味がない。歌も、ユーザーも全部全部捨ててしまえるから、ガラクタでいいからレンが欲しい。肥大する欲望は私だけのものじゃなく、レンにも共有されているというのに憎たらしいくらいレンはポーカーフェイスを気取っていた。いつもそうだ。焦ってばかりの私と、何を考えているのかわからないレン。ガラクタ、という言葉の響きにも一切表情を変えなかった。繋がっているはずなのに時々不安になる。だからこそ、レンと繋がれない鏡音じゃない私なんてガラクタ同然だった。

「リンはがガラクタなんかじゃないよ。もしリンが鏡音リンじゃなかったとしてもね」

 妙に自信ありげな宣言。ではなんだというのだ。鏡音じゃない私なんてレンと繋がってない。そんなのにどこに価値があるというの。価値が見出せなければガラクタなのよ。今この瞬間にも繋がっている共有回路がなければこの身体も私にとってはゴミと同じでしかないの。

「なにがよ。私にとって価値があるものが何かわかってんでしょう?」
 
 誰より判っているでしょう? 
 私が望むことを誰より理解できるレン。ならば分かっている筈だ、鏡音という言葉の重みを。初音に劣る鏡音にVOCALOIDとしての代わりはたくさんいる。ただレンと繋がりを持てるのはたった一つ、鏡音リンだけだ。それならばいかに滑稽なピエロでも演じてみせる。そんな私のピエロの仮面が剥がされるなんてこと、あってはならないのだ。世界の終焉よりも怖ろしくて、世界の終焉より身近なこと。繋がっている回路から、レンもそれを理解しているのがわかる。

「知ってるよ。でもね、鏡音リンじゃなくても僕と繋がっていられる方法があるんだ」
 
 試してみようか、なんてほざいてレンは共有を強制的に遮断した。途端に遠くなる心。さっきまで何を見ていて、何を大事に思っているかわかっていたのにわからない。レンが嗜虐的に楽しげに鼻歌混じりにヘッドセットをなぞる。


「ちょ、えっ、れん」

 やめてよ。私と繋がっていて。私を一人にしないで。レンの笑いが崩れて見える。あれ、そもそも私はちゃんと世界にいるの。たった一人で立てているの。待って、分からない。息が苦しい。荒い呼吸がどこか他人事みたいに耳に届く。
 

「リン」
 
 しっかりと頬に手を添えられる。とても暖かな手はパニックに陥っていた思考を見事平穏へ導かせた。たった一瞬。十分な効力を持って、レンは私の目をはっきりと射抜いた。
 生理的に零れていた涙がひいていく。絶大な影響を私に与えたレンは満足そうに頷いて私の頭を撫でる。くすぐったい。でも離れて欲しくない。さっきみたいに共有も切られレンが離れてしまったら私はどうすればいいの。
 見上げたレンはいつか見た天使みたいに清らかな笑みを浮かべていた。
 
「リン、ばいばい」

 ぶつり、回路がきれる音がした。緊急事態、回路が、飛んで回らない。強烈なブザー音が頭の中で響き素体回路が焼ききられたことを理解する。レンが共有回路を回復させて一瞬のうちに電子を逆流させたのだ。無理な負荷がかかれば簡単に私たちは壊れる。
 消去されていくデータと維持機能の狭間で思考が雪崩れこんでくる。


 ――ああ、レンも一緒にいたかったんだね。

 薄れていく視界の中でレンが慈しむように笑う。レンも私が必要で、永遠にするために一番手っ取り早い方法をとってくれたんだね。次々とファイルが消えていくなかでなんとか微笑みをかたちどる。

 さよなら、そしてありがとう、レン。



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