出口行方不明の恋

 普段ならてきぱきと仕事をこなす咲夜も病魔には敵わなかったらしい。それでもレミリア以外には気取られる事もなく給仕をしていたのは流石というべきか。彼女の主であるレミリアに言わせれば『自分の体調管理も出来ないなんてメイドとしてはまだまだ』らしいのだが。
 
 けほ。殺風景な部屋に乾いた咳が一つ。あの咲夜がダウンするくらいだからよっぽど性質が悪い風邪なんだろうか。それともまた別のウィルスか。門番の命を一時的にとかれ、看病を命じられた美鈴はとりとめもない事を考えらながらも腕だけは普段の咲夜のように効率よく動かしていた。苦しげに浅く呼吸を繰り返す咲夜の意識がはっきりしていたらいつもこのぐらい動きなさいよ、と呆れたように小言を洩らすのであろうが。怖ろしいくらい整った顔は眉間に皺が寄り、あまり感情を出さない曖昧な笑みとは違いまるで紅魔館に来たての頃のようにむき出しな表情を映していた。普段からこれくらい素直であれば可愛げがあるのに。小さい頃はまだしも、大きくなってからは咲夜が美鈴に表面きって対立したりべったりと甘えたりする事はなくなった。時たま、堰が切れたように感情をぶつけてくるのだが、美鈴としてはそうやって限界になる前に咲夜に周りを頼って欲しかった。

「咲夜さーん。とりあえずおしぼり変えておきますよ」

 返事ははなっから期待していない。何故か看病という任を任された事が少し嬉しくて、それがレミリアがどれだけ咲夜を大事にしているかという事が判っているだけに二重に嬉しかった。
 咲夜が来て、レミリアは優しくなった。丸くなったとも言えるかもしれない。何より慈しむような愛し方が出来るようになったのだ。フランドールが大切で、でも大切にする方法が分からなくてただただ閉じ込めていた時のレミリアとは明らかに違う。大事なものを箱に閉まって大事に大事にするだけだけが大切な扱いではないと気づいている。
 そこまで不謹慎にもにやつきながらも思考したところで、美鈴は自分がごく当たり前のように主人達であるレミリアとフランドールの事を呼び捨てで考えているのに気がついた。無論声には出してはいないが。おっといけない、殆ど慌てていない白々しい考えで持って蓋をする。

 お嬢様と妹様。未だになれないこの呼称。別に不満があるわけじゃない。ただ本当はおしぼりを変えてやった事で少し呼吸が楽になっている咲夜は勿論のこと、パチュリーやレミリア、フランドールよりも美鈴の方が年上なのだ。強さで言えば敵わないとはいえ、小さい頃を知っているという面で美鈴は圧倒的優位にたっていた。
 それでも彼女達と主従契約を結んでいるのは自分の性にあっていたから。誰かの盾となり誰かの矛となる。それは美鈴が望む生き方と沿っているものであったのだ。
 レミリアが生まれながらにして絶対王者たる素質を備えていたのと同じように美鈴も誰かの手足となり使役される適正を持っていた。恐らくレミリアの珍しいお気に入りであるこの銀髪の少女も。それが美鈴が咲夜を買っていて尚且つ評価している最大の理由でもあった。


 甲斐甲斐しく咲夜を世話していたお陰で幾分落ち着いている容態に、美鈴は満足して腕を休めた。気も使う必要がないくらいには回復している。この分でいけば明日にはまた完全な従者が復活している事だろう。一息ついた美鈴の耳に掠れたうわ言のような言の葉が舞い込んでくる。

「おじょ……ま…………」

 あらあらまあまあ。にんまりした笑みを浮かべて美鈴はこれから少し楽しみが増えたと、更に上機嫌に鼻歌を歌いだした。
 咲夜もレミリアも本当に素直じゃない。ただ、そんな二人がちょっとづつ周りから見れば全く変わりなく日々を過ごす様を見るのを美鈴は好きだった。


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