『刑部さんは……不幸が好きなんすか?』
『そうよそうよ。主にも降らせようか?』
『イヤイヤイヤイヤ!良いっす!お断りします!』
『そうか?それは、残念よザンネン。』
刑部こと大谷吉継は目を覚ますと、三成の様子を見に神輿を動かした。
三成はあの日以来、部屋に籠りっきりであり食事もしていない。
あの日−−不幸を世にもたらす為に少しばかり邪魔だと思っていた、三成の部下−−左近が三成の手により、この世から消え去った。
(今となって寂しくなり始めた。)
三成様!刑部さん!と子のように着いてくる彼は居ない。秀吉と半兵衛が亡くなった頃よりも重い空気が城を今目の前にある部屋を漂う。
「三成よ、開けても良いか?」
「……三成?」
一向に返事がなく、吉継は慌てて襖を開けた。
三成は生きていた。しかしながら、吉継の存在にも気付かず、外の景色を眺めているようであった。
吉継は安堵し、肩を叩く。「食事は要らぬか?」と。今日は良く晴れた日で、外が眩しい。
「……。」
ようやく虚ろな目が刑部を捉えた。
「わたしは……だれだ?」
「……!!主は凶王よ。」
その言葉一瞬で吉継は三成に何が起きたかを察した。しかし、ここは戸惑われないように、ふざけ混じりに返す。
そして、三成は「わたしはえらいのか?」と不自由な言葉使いで答えた。言葉すら忘れ掛けていたのか。
「そうよ、そうよ。主は何も覚えて居らぬのか?」
「……そうだ。なにもしらない。」
「ちと、少しばかり眠らぬか?」
吉継は微笑み記憶を無くしたであろう三成の横に座る。俯きながらも承諾を意味するかのように頷いたので問題ない。
「……の名はなんだ?」
「皆から刑部と呼ばれておる。今はそれで良いわよい。」
「そうか。ぎょーぶ、ねむるぞ。」
縁側で眠る三成を見つめながら吉継は考えた。関ヶ原で決戦をするとなっているが、西軍総大将がこの状態で良いのかと。
もし、やらずに東軍に全てを譲る事になっても、毛利は黙っては居ないだろう。
それはそれとして、日差しが程よく差して過ごしやすい日だ。吉継は周りを見渡し、誰も居ないことを確認する。
そして、三成を起こさぬよう自分の神輿に担ぐ。−−そう、今二人は戦前逃亡しようとしている。
ふと、棚に目をやると左近がいつも持っていた賽が飾られていた。吉継は三成の着物にそれを隠し、外へ猛スピードで抜け出した。
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