Incomplete

***


 俺はこの街に、君臨しなければならなかった。坂田銀時を超えた、完璧な存在として。
 俺はそのために生まれた。

 だがそれは叶わなかった。
 完全だったはずの俺は、不完全な奴らに敗れた。銀の放つ光に呑み込まれて、俺はただの、不完全なカラクリになった。


***


 ソレが顔を出すようになったのは、いつからだったか。今では当たり前のようになってしまった。

「こんにちは、金さん」

 何がおもしろいのか、にこにこと笑って、そいつは手に持った風呂敷包みをちょいと持ち上げる。

 ああまたか、とげんなりしながらも、修理中の身体は店の奥で寝っころがったままだ。逃げる足のない俺にはどうすることも出来ない。もっとも、多少うんざりしているとはいえ、逃げる意志もそれほど無いのだが。

 彼女、志村妙は店先に突っ立ったままきょろきょろと辺りを見回していた。

「あら、源外さんは今日はいないんですか?」
「ああ。身体を修理するための部品を仕入れにな」
「そう。残念だわ。今日は源外さんにも食べて欲しかったのに」

 そうお妙は言って、俺の首の置かれた机の方へと歩み寄ってきた。

 俺が万事屋のリーダーとなるため、坂田銀時と刃を交えたのはそう遠い日のことではない。身体はいまだあの一撃のダメージで動かないし、かぶき町の連中とはしこりが残る。こんな風に俺を訪ねてくる物好きなど、この女くらいのことだ。

 お妙は俺の首の横に風呂敷包みを置くと、椅子に浅く腰掛けた。そうして目線が合うと、お妙はまたにっこりと笑う。

「……んだよ。なにか可笑しいことでもあるのか」
「いいえ。一人でお留守番なんて偉いですね」
「子供扱いしてんじゃねーよ。お前もこんなところに毎日毎日……暇だな」
「そうやって憎まれ口きいてると、本当に銀さんそっくりですね。さあほら、今日もよろしくお願いします」

 そう言って、お妙は風呂敷を解いて重箱を取り出す。中には何が入っているかなど、問う必要もない。

「今日はロールキャベツに挑戦してみたんです」

 お妙の愛情料理、と坂田銀時がかつてそう表現したダークマター。

 キャベツってこんなに黒かったっけと自分のデータベースを疑いたくなるような黒いカサカサした物体を、お妙は器用に箸で持ち上げる。

「はい、あーん」

 差し出されるそれは、カラクリの俺からしてもけして魅力的ではない。オイルを主なエネルギー源とする俺は確かに匂いの感覚は人間と少し違う。だがお妙のそれはカラクリでさえも甘受出来ない刺激臭を纏っている。

 お妙の箸が近づいてくるその前に、脳内では済ませておかねばならないことがいくつもある。味覚と痛覚の接続を遮断し、味覚を鈍重に切り替える。それと同時に咥内の防御力を上げる。

 それらを瞬時に済ませた俺は抵抗せず、差し出されたそれを口に含んだ。

「どうですか」

 期待の籠もった目でお妙が俺の表情を伺うので、黙って首を横に振った。

「……まだ、火の入れすぎだ」

 がっくりと彼女は肩を落とすが、正直、こんなのは食べ無くとも出る感想だ。

「おかしいわね。金さんに言われて、だいぶ火にかける時間は減らしたんだけど」
「減らしても火の強さを変えてないんだろ。ロールキャベツなんて煮込み料理なのに、どうして最大火力でやろうとするんだ」
「火を小さくすると、なんだかちゃんと食材に火が通らない気がして」

 照れくさそうに笑う彼女につられて、唇が弧を描く。

 感覚を鈍くしたおかげで、最初に食べさせられた日のようにショートしてしまうようなことはない。少々口の中に後味が残るが、ちょっとまずい食べ物を口にした程度で治まっている。




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