Incomplete
そして俺は関係性を消してしまうことを選んだ。坂田銀時とこの女の間にあった小さな芽を、忘却という洗脳で摘み取る。百でないならば、零にする。
それは坂田金時にとって最善だった。そう今でも思っている。
「……金さん。私やっぱり駄目なんでしょうか」
不完全という存在を理解して、二人に対する俺の評価は変わった。いや、昔の俺は恋というものを理解できていなかったのだろう。
届かない、伝えられない、そんなもどかしい不完全なものに、恋という名が付くのだ。そんな難解で不確かなもの、完全を目指した俺には理解どころか認識さえ出来なかった。
本人ではなく本人に似た奴に料理の感想を求めるように、一歩離れた距離にいながら離れたくないと願うような、そんな矛盾がこの二人には必要なのだ。それは不完全だが、同時に、けして不完全ではないのだ。
そしてそう、今ならば。銀時の気持ちが本当に理解できる。
「また練習すりゃいいだろ。昨日のハンバーグよりは、ちったァ上手くなってたぜ」
「本当ですか」
お妙はこんな言葉ひとつで笑ってくれる。素直に喜んでくれるただそれだけで、どうしてこんなにも頬が緩むのだろう。
あの時、無理矢理に手に入れようとしないで、本当に良かった。そうしていたら、今のこの時間は無かっただろう。
恋か。うらやましい。
「……明日は何がいいですか」
頬杖をつきながら上目使いにお妙が言う。
「そうだなァ」
悪いな、銀時。俺はまた、お前のものを奪うことばっかり考えちまってるよ。懲りないだろ。
でもこいつはきっと手に入らないと、ちゃんとわかっている。身体と離れてはいるが、あの時叩かれた手の痛みはまだ鮮明だ。
「おーい。じいさんいるか?」
その時、「俺」の声が店先の方から聞こえた。
お妙が途端に慌ただしく重箱を片づける。
「おーい……って、何してんだ。んなとこで。じいさんは?」
遠慮のかけらもなく入ってきた坂田銀時は、俺たちの姿を見るなり首を傾げ、またすぐに辺りを見回す。
「源外さんはお留守ですよ。銀さんこそ、どうしたんですか」
「いや、テレビのリモコンを思いっきり落としちまってよ。修理頼もうと思ったんだが……。お前、いつの間にそいつとそんなに仲良くなったの」
ジト目で睨む銀時の、その訳をお妙はちゃんと察しているのだろうか。おそらく分かっていないのだろう。お妙は何を勘違いしているのか、重箱を必死で隠しながら無理矢理な笑みを作る。
「いえ、ちょっと近くまで来たので、挨拶に寄っただけですから」
「なに、その箱」
「あ、あのこれはその」
「何、メシ?」
銀時は隠そうとする妙の挙動を気にも留めず、ひょいと重箱を持ち上げ、蓋を取る。
「俺への差し入れだよ」
そう俺が言うと、銀時は気分を害したというように不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「そ、そうなんです! だから食べないでください!」
おそらく「まずい」と俺に評価されたものを銀時本人に食べられたくないという一心なのだろうが、そんなお妙の一言が銀時に油を注ぐ。
「へェ……いいねえ、さすがストレートパーマは違ェな。首だけになっても女にモテるんだからよ」
苛立ちで頬をひきつらせながら、銀時が俺を睨む。
本当に馬鹿なホンモノで困る。
「あー、俺も腹減ってんだわ」
暗黒物質だと分かっているはずだろうに、銀時はそう言って、かわいそうなロールキャベツを口に放り込んだ。
噛み砕く音が数度聞こえて、そして銀時は険しい表情のまま、後ろに倒れた。
「銀さん!」
「っとに、馬鹿だな」
本当に銀時の不器用さには呆れ返る。
あんなに分かりやすい嫉妬に、気づかないお妙もお妙だが。
慌てて銀時を介抱するお妙に、
「そんなんのどこがいいんだ?」
と思わず問うと、お妙は困ったように眉を寄せた。
「どこがいいのかしらね」
「おいおい」
「でも、きっと……そんなものなのよ」
そう言って笑う彼女は、綺麗だと思った。
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