Incomplete
「難しいわね。この調子だと、銀さんに食べてもらうのはいつになるかしら」
ため息をついてお妙は俺の顔の前に突っ伏す。彼女の髪の、花に似た匂いが俺の鼻をくすぐる。そっと頭を撫でてやりたくなるが、いかんせん、俺の身体は遙か向こうだ。ったく面白くねー役回りだな、と胸の内でごちる。
「いつでも食べさせてやりゃいーじゃねーか」
「駄目よ。おいしいって言ってもらいたいもの」
「だから俺かい」
「金さんはもう一人の銀さんだもの。金さんがおいしいって言ってくれたらきっと、銀さんもおいしいって言ってくれるでしょう」
ふふ、とお妙は笑う。
坂田銀時の代行として俺が策謀を重ねていた時、ネックに感じていたのが、この女と、坂田銀時の関係だった。完全な坂田銀時としてその場所を乗っ取る以上、その関係性をも俺は手に入れなければならなかったからだ。
そしてそれを達するため、あの日俺は手を伸ばした。坂田銀時の想い人は、俺の想い人でなければならない。そして俺は坂田銀時以上に、完全な関係性を築かなければならなかった。
そうしてお妙に伸ばした俺の手は、あの日激しく振り払われた。
洗脳は効いている。四十巻分の思い出は既に俺のものにすり替わった。坂田銀時がこの女と重ねてきたささやかな記憶も、とうに書き換えたはずだ。その証拠に、俺の手を振り払ったお妙は自分の行動に戸惑っている。拒絶した自分を理解出来ないでいる。
俺は焦りを押し隠しながら、改めて催眠波を発した。
俺の持つデータによれば、まだ坂田銀時とお妙は恋人という関係には至っていない。いい歳でありながらここまで女の扱いも上手くないのかと、銀色にはあらためて呆れ返る。
伝えようとしては呑み込み、手を出そうとしては引っ込め、何気ない彼女の言葉に一喜一憂する。それは、子供のような拙い恋だ。
俺ならばそんな馬鹿みたいなことはしない。なぜなら、俺は完全な坂田銀時だからだ。手に入れたいものは、確実に、すべて手に入れる。恋すら、俺の前では完全なものになる。
催眠波と共に、低く囁く。
「お妙……好きだ」
洗脳でややぼんやりとした表情になっていた女の眉が、ぴくりと動く。
これで恋人だと刷り込めば、完璧だ。俺は坂田銀時を超えることが出来る。
「お前も俺を好きでいてくれるだろう」
俺を見つめる不安げな瞳。そこにかかる髪の毛をそっと払ってやろうとした時だった。
「嫌っ!」
また俺の手は振り払われた。
ひっぱたかれてじんじんとする手をさすりながら、信じられない思いで、身を小さく竦めるお妙を見下ろす。
「お妙……何のつもりだ」
「私、あの」
お妙はやはり戸惑っていた。
その様子からみるに、催眠波はやはり効いている。彼女は俺をきちんと万事屋の主として認識している。ではなぜ拒むのか。
考えられる理由はまずひとつ。彼女が以前から坂田銀時という男に好意を抱いていなかったため、というところか。
もっとも考えやすいことではあるが、しかしそれは絶対にない。
彼女の体温、呼吸、拍動、それらが彼女の心中を今も俺に伝えてくる。それは紛れもなく人間が恋をしている時の反応だ。
そして俺という完全体が「フられる」ということもやはり考えにくい。坂田銀時が踏み切れていなかったとはいえ、お妙も坂田銀時を憎からず思っていたはずなのだ。その上をいく俺が、嫌われるはずがない。
ではなぜ。
嫌がるお妙を無理矢理に追いつめて、腕の中に抱き込める。嫌なのに、なぜ嫌なのかが分からない。そう言うように、彼女は俺を拒んで静かに涙を流していた。
これだけ近くで催眠波を浴びせても、彼女は変わらず泣くだけだ。
なぜこんな混乱が起きてしまったのかは分からないが、これでは完璧な関係性など築くことは出来ない。俺という存在にケチがつく。それならば、こんな不完全な関係性など邪魔なだけだ。
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