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「優しく…優しく…してくれましたの」
──その日、艦内に衝撃が走った。
頬をうっすら桃色に染めながら、外見年齢より大人びた雰囲気を持つ少女は、自分を見る周りの人間の視線に首をかしげた。
「どうか‥しましたの?」
キョトン、と一番傍にいた金髪の女性を見上げれば、ワナワナと肩を震わせている。
「ア、アルフィミィちゃん?貴女、一体何されたのっ?!」
普段なら、積極的にこの手の話題に食い付くエクセレンだが、『もう一人の自分』というより、『娘』と言ったほうがしっくりくるアルフィミィの発言に、らしくなく動揺していた。
「隊長っ!!軽蔑するでありんすっ!レモン様という方がいるでごわすでしょうっ?!」
もう一人。らしくなく取り乱し、アルフィミィの傍らに立つ『隊長』と呼んだ赤毛の男を睨み付ける、人形のように整った顔の女性。
「‥貴様はどこの国の人間だ?ラミア」
呆れたような顔をしながら、渦中にいるにも関わらず、我関せずを貫くアクセルを見て、ラミアは「そんな事はどうでもいい!」と、声を張り上げる。
「私、何かおかしな事、言いましたの?」
「…いや。受け取る側に問題がある、これがな」
アルフィミィは横で騒ぐエクセレンを余所に、アクセルを見上げ企んだ微笑みを向ける。
(確信犯だな、こいつは)
付き合いは短いものの、数日間共にいたアクセルは、アルフィミィという少女がどんな人間なのか、嫌という程知っていた。
外見に見合わず、知識が深い。それに強かだ。
さすがは『人外』で『ブロウニング』の血を受け継いでいる。他人をおちょくる時の笑顔は、レモンにそっくりだ。
アクセルはため息を一つ吐くと、見上げてくる少女の頭をポンッと軽く撫でる。
「…ふふっ。なんですの?子供扱いは遠慮して頂きたいですの」
一瞬だけ、アクセルの行動に戸惑いの表情を浮かべたアルフィミィだが、すぐにいつもの調子に戻る。
「ガキだろう、貴様は」
そんな少女を見ながら、アクセルの表情も柔らかくなっていく。
嫌いではないのだ。
こういう人間が。
「何、見つめ合ってるのぉっ!!?」
「隊長っ!!!」
そんな二人のやり取りに、エクセレンとラミアは、更に血相を変えて詰め寄ってくる。要らぬ誤解を更に招いてしまったのをアクセルは感じ、視線を二人へと移すと
「誤解だ」
と、短く、二人が考えている事を否定する。
「誤解じゃありませんわ。アクセルは優しいですの。
いつも、夜冷えないようにと、タオルケットを貸してくれますし、お料理も意外とお上手ですのよ。私の用事にも付き合って下さいましたし。
ね?優しくしてくれましたでしょう?」
にぃっこりと。
これ以上からかうと、大事なエクセレンが発狂してしまいそうなどと考えながら、アルフィミィは誤解を解く言葉を口にした。
その後しばらく、沈黙が覆う。
盛大に勘違いをしていたのだ。
理解するまで時間がかかる。
「…へっ?…あっ!、そ、そうよねぇ〜。アハハッ……」
バツの悪そうな顔をしながら、エクセレンは渇いた笑いをもらし、ラミアは「ゴホン」と咳払いをして、不自然にアクセルから視線を反らした。
「うふふっ。皆さん、どうなさいましたの?」
どうなさったもこうなさったもないだろう、とアクセルは心の中で呟き、ふと、部屋の隅に視線をやる。
「………?」
一人、暗い影を背負って、何故か体育座りをしているライバル…。アクセルは彼に近付くと、怪訝そうな顔で声をかけた。
「何をしている?キョウスケ・ナンブ」
怒りやら悲しさやらやるせなさやら、兎に角表現しずらい顔で、キョウスケはアクセルを見上げ、ボソリと呟いた。
「…娘が…、恋人を連れて来たら…こんな気分なんだろうな……」
まるで世界中の不幸を一人で背負ったかのように。
「貴様は阿呆か。そんな訳ないだろう。アルフィミィとは腐れ縁だ、これがな」
キョウスケの発言に呆れながら、アクセルは考える。
これから先、どうなるかは分からないが、相変わらず傍にあの少女はいるのだろう。
成り行きとはいえ、彼女に救われた命であり、彼女を救った命だ。陰に日向に、これからライバル達に手を貸しながら生きていくのも一興だ。
アクセルはふと思いついたかのように意地悪く笑うと、キョウスケに囁いた。
「今は腐れ縁だが……、10年後は分からん、こいつがな」
大概、自分もいい性格をしていると思いながら、言葉を失っているキョウスケを見下ろし、アクセルは声を出して笑ったのだった。
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