地上と水面下の攻防戦





―――暑い。暑すぎる。

むせかえるような空気の生暖かさに俺の心身は早くも白旗を上げかけていた。呼吸は溜め息を何度となく吐き出し、肌に伝う滝のような汗の勢いが止まることを知らない。加えて俺の纏う衣服の汗を吸った重量、つまりは重石のような質感といったら言わずもがな。けだるさを引き出すには充分すぎる要素の羅列に精神の均衡が崩れるまでに時間はさほどかかっていない。このような事態は人生初、新記録更新にも等しい。

辛うじて木陰に紛れたものの、はっきりと思う。間違いなくこれは確実な『夏』だ。夏なのだ。紛れもなく炎天下なのだ。

直射日光の容赦なき光の猛威が巡る季節の転機を如実に知らしめている。耳に否応なく響くけたたましい虫の鳴き声も、その内に渇いてしまうのではなかろうか。

……というか、このまま大地が焼き尽くされるのは時間の問題じゃないか、これは?

現実味のない現状。錯覚するような思慮が不意に脳裏を過ぎる。既に思考は飽和状態だ。まともな理性を取り戻すには今すぐ水を浴びるほど飲む以外に術はないだろう。それも頭が痛くなるような冷たさを持つ水限定だ。

「あー…」

意味のない言葉とも呼べない愚痴が無意識に漏れてしまった。体力に自信があると自負していただけに相当マズい。せめて傍に相棒がいてくれたらこのようなみっともない姿を自制できたのだろうが、あいにく相棒はこの熱に耐えかねて影に潜んでしまった。オマケにアイツが言い残した伝言といったら、『まあせいぜい頑張ることだな。クククッ』である。あの我が儘高飛車め、いつかシメる。

いや、それよりもだ。

いくら愚痴を呟こうが天候は人為的な力で左右されるべきものでも何でもなく、ただ焦げる肌や服を木陰に潜めることだけで精一杯なのが現状だ。

あつ、い……。

何故この服が俺の普段着なのだろう。簡素かつシンプルな防御を前提に置いた古の緑衣。見た目は大したことはない服だが裏目に鎖帷子が縫われ、何十にも重なる繊維の強靱さはこの身を持って体験しただけに硬いと自負している。

だが如何せん、通気性が無い。全くもって不便極まりない。夏は中身が蒸されるよう、冬は冷気が籠もるよう。金属系統の装備類を投げ捨てたい気分になる。理性が旅の目的を繰り返したことで何とか自制したが。

ぽちゃん、と水が跳ねた。

途端に胡乱な思考が一挙に覚醒し、知らず目を限界まで見開いた。大切な友人から貰った竿に力を直し、しっかりと握りしめる。踊る言葉はただ二文字。

きた

ここから先は一瞬で勝敗が左右される勝負の世界だ。ゆらりと波紋を立てる釣り糸の先端、水面との境目を慎重かつ大胆に操った。池の蓮の下、今まで存在を世に隠蔽しつくされたヤツがゆっくり、ゆっくりとこちらの罠に鎌首をもたげていることに違いない。

そうだ、こっちに来い。

俺は捕食者あるいは狩人の如き気迫を悟らせないよう、口元にくっと力を込めた。





あいつは何をやっているんだ。

ワタシは涼やかなる影の身になり、照りつける熱量を無視できる身で見上げた先のヤツの様子にげんなりとなった。

旅の合間にどうしてもクリアしたいことがあると懇願したから渋々了承したのだが、これはあまりに酷い。つーかバカだろ勇者はバカだ。

春夏秋冬、巡る場の釣り堀。
何らかの魔力が働いているのかワタシにも判明しないが、何故か入る度に季節が丸移りするという不思議な領域。そこに住む気の良い女性は秘密を知ってか知らずか、何も語りはしない。
バカ勇者―――リンクは、そこの常連となりつつあった。

獲物という名の魚介類を釣る楽しみを覚えてしまったアイツは、ゴミを釣ろうが魚を釣ろうがお構いなしに時間を浪費する癖がついてしまった。旅に疲労感を溜め込んでいるだろうから偶にはいいだろうとタカをくくっていたらコレだ。ああもう止めなかった自分の不甲斐なさに頭がくる!

リンクは伝説のなんたらを釣り上げることに熱中していた。既に夏の暑さをああだこうだ言いながら耐え忍んだのもその影響だ。こうなったらとことんリンクの好きなようにさせてやるしかあるまい。

早く終わらないか、そればかりを願う夏の半ば。光の世界のもたらす天候に、影の身も融解しそうだと常々思った。



END?




ハイラルの夏を思い浮かべた瞬間、咄嗟にハイラルドジョウのことが脳裏によぎったことが起因となって生まれた話でした。

勇者リンク、危機一髪―――ではなく釣りに夢中。ハイラルを救うために犠牲にした好奇心をここで発散したんじゃないかとずっと思っていたゆえの馬鹿っぷりを出してみました(良い意味で)。

たまにはこういう息抜きもあってもいいじゃん!と思いつつも結局リンクはハイラルの危機を察知すれば釣竿を即座にしまえる自制心の強い青年です。言ってることがカッコよくないのは認める。

では、ここまで読んでくださりありがとうございました!



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