01
―――星空に願いをかけると、いつか叶うとされる特別な日がある。
俺の名前はリンク。
しがない森の村人であり、牧童を職業としている普通のハイラル人―――なのだが、少々特殊な経歴を持ち合わせているという立場にあった。
現にこうしてハイラル城内部に招かれ、絢爛豪華な国家元首の私室にて紅茶をご馳走になっているのはそれが起因だった。
昔の俺にしてみれば願ったり叶ったりの夢物語のような状況なのだが実際に遭遇すると如何に俺の存在が異質なのかが実感できる。というか確実に場違いだった。非公式な対面というのが唯一の救いである。これも世界が平和になった恩恵の賜物だ、と自らに言い聞かせることで何とか平静を保つのが精一杯だった。
魔王を打倒して以来、ハイラルは復興の道に尽力した。長い期間をかけて再建された白亜の城はその象徴であり、国としての復活を示している。
そしてハイラルを治める国の長―――ゼルダ姫は復興の一助になれば、と異国との交流を開始する政策を打ち立てた。
その政策の在り方に賛否両論が飛び交った中、結果として友好同盟締結まで漕ぎ着けたことから多くの称賛の言葉がゼルダ姫に向けられた。卓越した政治的駆け引きの手腕はさることながら、頑なな態度だった異国の上役との会合を絶妙な匙加減で見極めた慧眼は、詳細を知らない俺の視点から見積もっても見事なものだと自信を持って断言できる。
単なる牧童の俺には政治の駆け引きなどてんで興味はない上に理解つかないが、彼女のことだ。きっと身を粉にするほど切磋琢磨したに違いない。
自国の産出品、土地の特性、経済の発展、文化共有―――それらのカードを駆使し、論争を潜り抜けたのは間違いなく彼女である。一歩間違えれば国家間の戦争になりかねない、蜘蛛の糸を渡る綱渡りに等しい賭けに勝ったのは彼女なのだ。
そうして戦争を回避し友好同盟を締結させ、国家の権威を守り異国との交流の血脈を築いてみせた王女にハイラルの民は歓喜と敬意を口々に広めている。
で、本題に戻ろう。
「……たなばた?」
俺は対面する相手が口にした言葉の響きの意味を求めた。聞き慣れない言語に触れたがゆえの自然な反応である。
だが本来であれば普通の人間ならばこの場において“自然な反応”すら不可能だろう。あいにく俺は慣れてしまったから出来る芸当である。理由は前述した通り、特殊な経歴が存分に威力を発揮させているためだ。
「はい、七夕です」
そして―――この国の最高峰の権力者、ゼルダ姫がにこりと俺に微笑んだ。
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