代償の在処
何処までも続く蒼に、覆い被さる白煙。
触れればたちまちのうちに霧散するような柔らかみある雲は光の加減によって白の間に灰の影を落とし、絶妙な色彩を提供する。
上空に流れる風の影響によって微々たる変化を受け、隙間から漏れる蒼の輝きが更に感慨を誘う。
視界一杯に広がる天上の絵画。
そこに加わるは故郷の風と草の調べ、今を生きるモノたちの命の歌。心地よい。透明な水が体中を緩やかに過ぎていく感覚に、自然と言葉が踊る。
……平和だ。
そこで、捉えた気配に意識が傾く。明らかな殺意もなく、安心感のある温もり。これは敵じゃないな、良かった。
「こんなところにいたのね」
「……イリアか」
俺は次第に大きくなる足音と届いた声音に相槌を打つようにして即答した。家族同然の付き合いをしているだけに気心も許すことが出来る、数少ない人物である。
「まったく、場所を変えていたなんて。前もって言うことはできたでしょう? 探したじゃない」
「ちょっとした気まぐれだったんだ」
「じゃ、お弁当いらないのね?」
「すみませんすみません」
「返事は一回!」
「はい」
同時にイリアには一生口で適わないな、と薄々思っている。情けないな俺。
それに、村の外に出ればどこにでも通用するであろう容姿と活力を合わせ持つというのに、どうしてこうまで世話焼きかつお節介なのか。心配性が祟って昔から今日まで世話になってきた身としては、そろそろ自分を心配してほしいものである。
そんな俺を余所に、とさり、とイリアが隣に座る。合わせて身を起こし、草原の絨毯に手をついた。山羊達ののんびりとした草を啄む姿が優しく世界を映し出す。
―――平和だ。
「はい、今日のお弁当」
「ありがとな、イリア」
差し出された食事に礼を告げる。ああ、今日も旨そうだ。旅をしていた頃の食糧難を体験して以来、安定した状況に涙を流したくなるほどの価値があるということがひしひしと感じられる。
「ねえ、リンク」
弁当を広げようとした動作が止まる。イリアにしては珍しい殊勝な響きに思考が停止したのだ。どうしたんだイリア、と喉元に出掛かった意見は、当の本人によってすかさず塞がれた。
「……もう少し、楽にしてもいいんじゃないかしら」
「楽?」
普段通りの所作をしているつもりなのだが。疑問は膨れるばかりで明瞭な解答への道筋は開かれず、堂々巡りに終わる。
イリアは少し複雑そうな色を瞳に浮かべた。
「いつも、肩肘張っているみたいに見えるの。それは多分……」
「……?」
言葉を濁したイリアに焦点を向け、ただひたすらに待った。
一陣の風が吹く。
イリアは首を振って、気合いを入れるように俺の背中をばしんと叩きつけた。突然の衝撃に目が丸くなり、ますます意味がわからない。
「居眠りのしすぎよ」
「はあ?」
「じゃあ私は帰るから。あとは頑張ってね」
「おい、ちょっと待てよイリア」
咄嗟に呼び止めたが、幼なじみの歩調は緩まなかった。
……一体、どうしたってんだ……?
その“答え”を無意識に逸らしていた俺は、ただただ呆然と残された弁当を抱えるしかなかった。
過酷な体験の反動として自然に警戒心を剥き出すようになってしまったことを自覚していないリンクと、それを深く理解するイリアの話でした
幼なじみってこんな関係がナナシ的にベストだったりします
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