とある青年の日記(2/13)




今日は快晴である。
こうして澄み渡る蒼の下で日記を書くのも久しぶりだ。とんとん拍子に仕事を午前中までに片付けられたのは気分がいい。俺の雇い主であるファドも午後は休んでいいと許可をくれたのだ。まあ頼りない経営者ではあるが、トアル村の牧場を元々一人で立ち上げた人物である。山羊が悪戯目的で脱走しないかがかなり不安だが、大丈夫だろう。…おそらく。

それはとにかくだ。

普段ならば夜中に1日の出来事をまとめるのが俺の習慣なのだが、あえてこんな昼間に記すのは理由がある。長い前置きだが、今日の日記は通常よりも長々となりそうなので念の為の処置という事を書き記しておこう。

実は今日、一人の旅人がやってきたのだ。壮年の男性でありどことなくモイさんに似た気さくな人物である。優しげな雰囲気の中に鋭い気配を漂わせる様は、相当な修羅場と旅慣れた経験を窺わせた。

旅人は案外するりとトアル村に溶け込み、瞬く間に人気者となった。閉鎖的なトアル村において驚愕すべき出来事である。しかし傲慢に振る舞うこともなく、何の裏もなく村の手助けをする旅人に好意を抱かない者はいない。それに好奇心旺盛なのかハイラルの歴史やフィローネの森の伝承を聞いては目を輝かせるのだ。無下に扱うのは無理というものである。

そして何よりも彼の知識は凄まじかった。
旅人はハイラル以外の諸外国を漫遊し、様々な文化と歴史に触れたという。嘘偽りない正確な情報を自分で目にした旅人の話に、俺は子供のように夢中になった。なにせ目標としていた形が目の前にあったのだ。昼間に休暇を貰っておいて我慢する選択肢は皆無というものだろう。

いつか果たそうと思っていた“夢”を実現している旅人に、俺は内心尊敬した……というのはここだけの話にしよう。イリア辺りに知られると少々面倒なものになりかねない。時間をかけて説明できる機会を得るのが今の俺に出来る最善の行動かもな。

本題に移ろう。

その旅人は多くの話を俺に語ってくれた。

“海”というものは空のように広い水の大地のような存在であるということ。
極東には黄金境の島国があるということ。
時を繰り返した少年の、その後の軌跡。
緑の木々や人の知らぬ隙間に小人が住むという伝承。

現実的な情報から非現実的な物語の数々が、旅人の口からいとも容易く紡がれていった。あの時間は充実以上の満足感があったと思うな。

そして、旅人はふと思い出したように一つの話をした。

―――そういえば、明日はバレンタインだ。君は知っているかい?

バレンタイン。
それは約一年前、ゼ……いや、あの、“とある人物”が俺にチョコレートを送った日である。幼なじみに夕食の献立をチョコレートだらけにされた記憶もあるから間違いない。

それを率直に伝えたのだが、ここで問題が発覚した。

…………どうやら、物凄く勘違いしていたらしい。

旅人はやんわりと修正してくれた。
元々は“男性”が“女性”に手紙や花束を送る行事なのだそうだ。同伴していたイリアがきょとんとしていたが、幼なじみの性格からして気落ちすることはないだろう。むしろ明日の夕食に精を出すに違いない。

話がそれた。
旅人の豊富な知識と人柄を考えれば信憑性はかなり高い。おそらくバレンタイン自体が人々の間で伝聞するうちに変化していったのだ。去年のバレンタインでは、とある人物が『遠い国の風習を真似て作ったみた』と手紙に記載していたため、有り得る話である。

というわけで、俺は余った時間を活用して手紙を書きまくった。幼なじみは勿論、お世話になった方々や村人全員に宛てた手紙を、だ。女性限定というのは少し贔屓目にしているようで癪だったからである。まあ一応旅人の方に尋ねて『いい心掛けだ』と御墨付きを貰ったからいいのだろう。形に当てはめなくともやることに意味があるのだ。

だが、最後の最後で問題……というか、その、厄介な一つの壁にぶち当たったのである。こうして昼間に日記を書いている理由がそれだ。自分が置かれた状況を整理するには丁度いいと思ったからな。

―――“とある人物”について、だ。

何度も名前をぼかしてしまっているが、その行為は俺にとっては重要なことなのだ。この日記は厳重に隠しているとはいえ誰に見られるかわかったものじゃない。イリアにバレたら天地が裂けるような事態になりかねないからな。とりあえず名前だけは書かない。

実は“とある人物”というのは俺の唯一無二の文通相手なのだ。
つまり、今更ながらに感謝の手紙を送ったところで相手は首を傾げるだけだろう。いっそのこと手紙ではなく花束を贈りたいが……何というか、行動に移すのは非常に困難なのだ。

距離は遠い、会うのは難しい。

しかしながら、花は直接渡さなければ意味がないらしい。会うだけでも困難が立ちふさがるというのにどうしろと。

仮に困難が解消されたとしても、どのような花を見繕えばいいのか判断に悩むところだった。相手が相手だけに非常に悩む。

……仕方ない、誰かに相談しよう。





……あえて書こう、間違えた。相談する相手を。

これは追記になる。実はあの後、俺は人生の師であるモイさんを頼ることにしたのだ。

しかしモイさんの意地の悪いにやけ顔と、にこにこと笑みを振り撒くウーリさんに挟まれたのである。

師匠はいつになく上機嫌で俺の背中を叩きつけて『鈍いお前もついに見つけたのか』と何故か感慨深く語り、果てには今夜はウチでささやかな夕食会をすると断言し、俺を差し置いて大盛り上がりであった。いや、日頃の感謝の気持ちを伝えたいだけなんだが……とは言えず、ただ状況に流されるままだったのが悔やまれる。

しかしモイさんはそれで終わることなく一人奔走し、ファドに事情を説明して俺の休日を明日にしてくれたのだった。しかも件の旅人がハイラル城に向かうと知るやいなや、俺の同行を願い出たのだ。旅人は逆に助かるとモイさんと友好を交わし、明日の朝には出発する旨も伝えたという。なんだかんだで最後まで師匠に助けられた形になってしまったな……。とりあえず“薔薇”が一番いいという有益な情報も師匠から教わったことだし、手土産に質のいい研ぎ石を買いに行くとするか。


END?










あとがき


ふと明日がバレンタインというイベントだったと気づいた瞬間に閃いた話です。鈍足なのにこれは奇跡的な速さ。しかし妄想は止まらない。

そしてあえて言います、当日の話は上げません(^ω^)

理由の一つにオリキャラがいるためです。オリキャラといってもこの話だけの人物なので、ご安心を。名無しの旅人である彼はたまたまトアル村にやってきただけなんで!

まあ本音はへたれ主人公しか書けないナナシのせいなんですが(げふんげふん


では、ここまで読んでいただきありがとうございました!

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