この遠い星空の下で




俺が俺を育んでくれた故郷を離れ、一人旅に出てから何度目かの季節を迎えた。

もう日数を数えることも面倒になってきたが、日記を書く習慣だけは毎日続けている。今日の分は終わりだ。一日中エポナと大地を駆けただけだ。そう思った俺は薪の火が提供するやんわりとした灯りに頼るのを止め、使い古した日記とペンを荷物袋の中に収納した。

あれから、おそらく二年。

俺は田舎者の青年から少しは成長し、一端の旅人になった。理由は簡単だ、世界を自分の目に写したかったのである。無理矢理になぞられた道筋ではない。今度こそ、俺自身の意志で旅に出たのだ。

世界は広い。相棒と共に山を越え海を渡り、やがて国にたどり着く。様々な人々、文化、様式が色鮮やかに溢れ、新鮮な光景に目を瞠る。驚きは常に俺の心中に留まり、新しい発見に胸が躍る。出会いと別れを繰り返し、俺は自分で選んだ旅路に満足しているのだ。

もちろん、良い体験だけではなかったが。

その国の情勢によっては、周囲の地形に危険性が付与する場合がある。国勢が荒れれば人も荒むのだ。

森を渡り歩いていた俺が突然盗賊に襲撃されたこともある。同業者に命の取引を持ち掛けられたことも、だ。

その時はやむなく応戦して勝利を上げたが……血は流れた。

俺の相手は魔物だけだと心に刻んでいたが、あの過酷な戦いによって無意識下に手加減無用となっていたのである。

誤算、と言い訳はしない。
あの嫌な感触は一生忘れない。忘れてはならないのだ。

……俺は、旅を続けている。

そろそろ灯りの元を消そう。俺は手元の土を握り、火に投げ込んだ。

じゅっ、と一瞬にして柔らかみのある灯りが命を終える。あとに残ったのは暗闇の天蓋だ。もう、すっかり真夜中だな。

さわさわとした森のざわめきが俺の故郷を思い起こさせた。

豊かな森の入り口付近で一休みするのも悪くない。

―――そういえばここ数日は、穏やかな旅路だったな。

久しぶりに訪れた休息に、俺の思考が薄闇に飲み込まれていく。ああ、いい心地だ。

俺は意識の命ずるままに、一本の木に背を預けた。ついでに布にくるんだ剣を抱える。護身用の剣はモイさんが預けた大切な物だ。これとエポナさえ守れば俺の旅は続く。

ふと。何気なく、空を眺めた。

数え切れない星の瞬き。空気が澄んでいる証拠だろう、小さな星の数々でさえ瞳に映る。何度となく見上げた満天の星空は、何度でも俺に感動をくれる。

……綺麗、だな。

この広い世界の中。俺はちっぽけな人間であり、ゆえに人々は繋がりあってここに存在している。星の瞬きは、それを伝えてくれるように思えるのだ。

……彼女も、この星空を見ているのだろうか。

ふと心に浮かんだ人物に口元が緩む。もしそれが当たっているのであれば、どんなに幸せなことなのだろう。

旅人となって、理解したことは山ほどあった。
俺は世間知らずだったこと。
小さな人間だったこと。
モイさんや『師匠』のような尊敬できる人物が世界に沢山いるということ。

そして……もう一つ。

「……まさか、離れてから自覚するとは、な」

苦笑とともに言葉が流れ出た。まさにそうなのだ。俺はバカだ。果てしなく鈍い。理解が遅れてしまっていたのだ。

思えば、初めて会った瞬間から『それ』は始まっていたのである。

……旅を終えたら、真っ先に会いに行くとするか。

この暖かい気持ちを素直に告げるには、まだ度胸と覚悟、そして俺自身の成長が足りない。もっと世界を見つめて、答えを探し出すまで。

それまで、待ってくれるだろうか。

俺は瞼をゆったりと閉じた。考えたって答えはない。

だが、せめて。
この遠い星空の下で、彼女と繋がっていたいと願うことくらい許されたっていいだろう?



END.





あとがき。

七夕が近いということをネタにしたナナシです。一日早いですがアップしました。

えー、見ての通り、リンクの独白でした。

何故だか七夕をネタにしようと思い立った時に浮かんだのが星空だったんです。



旅人になってからというものハイラルに想いを募らせながら『世界の広さを確かめる』という夢を叶え、リンクは自由奔放な日々を送っていた。

しかし良いこともあれば悪いこともあり。現実は想像以上に厳しいが、それでも得る物は尊く、大切な、自分の糧になると彼は悟っていた。

その日々の中で不意に星空を眺めるリンク。そして自覚したのは自分の心の大半を占める、彼女の存在の大きさ。

こうしてリンクは自分を磨き抜き、彼女の分まで世界を知り、帰ることが彼の新しい目標になった。



と、ここまで妄想した自分自重したほうがいいですねすみません。

しかしながら、短いのなんの!
こんなパラレル滅多に考えないせいですと言い訳しつつ退散します。
ここまで読んでくださりありがとうございました!



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