03
そして俺は空気が和んだタイミングを見計らって前に躍り出た。メンバーを代表しての行動である。
未だにアレディの口を塞ぐネージュの視線がこちらへ突き刺さった。相当恥ずかしかったのだろう、向けてくる鋭い視線とは裏腹に瞳が僅かに揺らいでいた。
「ちょっとそこ、笑い物にするならやめてくれないかしら」
口元が緩くなっている俺を明らかに非難するネージュ。すまないと感じてはいるのだが、普段らしからぬ微笑ましい様子を目の前にしてしまっては、どうにも抑えがきかないのも事実だった。
「悪い。けど、これを」
「……?」
俺は懐から手の平大の球状物質を取り出した。水晶のような純度の高い透明感ある“それ”を、直に手渡す。
ネージュの束縛から解放されたアレディが口を開いた。
「リンク殿、これは?」
「マスターお手製の荷物入れだ。この中に俺たちからのお土産を入れてある」
きょとん、と二人の目が丸くなった。
驚愕すべきことにこの水晶玉は、謝礼として創造神自らが直々に創り上げた特製の異次元収納装置らしい。
当の作成者本人が『これは私の神としての最高級の贈り物だ』と自画自賛した代物であることもあってか性能は驚異的なまでに御墨付きで、英雄の面々が二人に宛てて贈った大量の品々がこの中に“収まって”いるのだ。
「それは……本当ならド光栄なのだけれど……」
「ああ、マジだ」
物質的に有り得ない水晶玉の胡散臭さが働いてか、ネージュの強気な口調が珍しく後味の悪さを滲み出させていた。
いや、俺だってこんな無茶苦茶な物体を存在自体認めたくはなかったさ。
だが創造神の無茶苦茶かつ絶対なる力は現に存在している。
俺としてはこの力を少しでも適材適所に当てはめてほしいと願っている反面、宙に浮遊したままの白い手袋は神さながらの自由奔放さに満ちているため到底無理な願望であると理解していた。頭の痛くなる話だ。
そのような俺の疼痛など露知らず、問題の創造神は自慢気に語った。
「説明しよう。その水晶体は創造を司る私にとっても稀に見る自信作でな。まず前提として君らへの謝礼を贈るに至り、金品類のみでは不服かと作成を試みた。刹那の間で思惟を巡らせ、去来した他の世界の構成情報を内部に蓄積し統合的に換算、結果その水晶体が完成したのだよ。起動原理としては一定量の物質を固定模倣空間に質量ごと粒子転移させる法則性の確定と思念制御系の―――」
「とりあえず長くなる話はやめろ」
我慢ならなくなった俺はついに口を挟んだ。
むう、と唸り実に不満そうな態度のマスターだったが知るかンなこと。この場の本題は二人の見送りなのだ、無駄な知識の披露会は余所でやってくれ。
「最後まですまなかった。後でシメとくから安心してくれ」
「まったくね」
「マスターハンド殿らしいです」
冗談混じりに肩をすくめてみせると、アレディとネージュはつられて笑みを零した。
―――そろそろ時間だ。
そう俺は感じていた。
これから出発する二人と特に親しくしていた俺は、アルバイト仲間ということも手伝ってか―――この別れを惜しく想う気持ちが燻っていた。
だが本来、異世界の壁というものは断固なる強制力で拒絶隔離の防御を備えている。何故ならば異なる領域が交わることは、連なる他の世界を飽和化させ、遠からず崩壊の道筋を辿らせることに直結するのだ。
例外として“スマッシュブラザーズ”は混沌と秩序が絶妙かつ危うい均衡で保たれており、マスターやクレイジーが一定の理を制御しているからこそ成り立っている世界なのである。一つでも何かが欠ける事態になれば、世界そのものが根底から消失することを覚悟しなければならないのだ。
そして、彼等には彼等の帰るべき“世界”がある。
「―――拳闘士、姫君。時間だが宜しいだろうか」
それまでの態度を覆すようにして、マスターハンドが厳かに告げた。
唐突な変化に違和感が否応なく襲いかかり、ふと思い至る。
終点の更に中央に空いた蒼い光の膜―――マスター曰わく『時空の扉』。それを形成し続けるマスターの負担は人智を超えるものだろう。いくら神といえども、世界の壁に干渉を継続させるのは至難の業なのかもしれない。
[back] [next]