01.空白の大地
彼女は不満だった。
天の蒼はどこまでも澄み渡っている。
長きに渡る修羅の戦乱の余波で傷ついた『波国』の大地は剥き出しになった土俵と乾いた空気の上がる荒涼たる岩肌が目についた。
申し訳程度に森林がちらほらと存在するも、中央に凛然と居を構える覇龍の塔の威に白旗を上げるかのように一向に緑は回復の兆しを見せない。
それもそのはず、戦時中において真っ先に優先されるべきは勝利の二文字のみ。何時果てるかも判らぬ現在を生き抜くことすら困難だというのに自然環境の悪化を嘆く余裕などあるはずがない。迫りくる敵の粉砕こそが修羅の生き様なのである。
闘争に生きることこそが“神化”を意味する彼らにとって、日常は生死の最中に身を投じるための糧に過ぎない。
唯一、己を極限に鍛える信条が文明の発達よりも質素な生活を常とさせたことが、彼ら『修羅』としての自然への敬意の顕れなのだろう。
しかし―――現在、波国は異常事態の渦中にいた。
戦時中に突如として降りかかった天災。あらゆる空間が悲鳴に軋んだ瞬間、その異変は目に見える形で己が存在を主張していた。
覇龍の塔を波国の中心とするならば―――その外縁の大地を反るようにして広がる、ぽっかりと口を開けた円形の穴、穴、穴。不自然な程に完璧な円が大地に穴を穿ち、まるでそこにあったものを無慈悲に削り取った証であった。
現に『それ』の一つは覇龍の塔の真後ろに陣取り、遙か下方より滲む海の浸食を受けて新たな湖のように存在しているのである。
この明らかな異常を、彼らは『瞬転』と呼称していた。
瞬転とは異なる世界へ瞬時にして転移する事象の意味を持つ。覇龍の塔の番人であり修羅一派を束ねるシンディ・バードが空間の乱れを察知したことからも、その可能性は高く見積もられた。
そして異変後に現れた穴を瞬転と結びつけるのは最早必然的な思考である。
そもそも波国が瞬転した直後に出現したものを無関係と断言することは不可能に等しい。
ある種の決定的な証拠として各地に空いた穴は偵察隊にて厳重な調査と監視が付き、かくして覇龍の塔に住まう修羅の面々は新たな世界の順応に着手し始めていた。
back next