色褪せた世界



―――僕は彼女を視てしまった。

冬の街に溶ける交差点の向こう側。信号機の赤に立ち止まる人々の群れに紛れる姿は何の変哲もない女子学生。年は十代前半、身長は平均的。小さな口から吐息が白く立ち上ぼり、外気に身を縮ませている。肩口まで伸びた黒髪がさらさらと揺れ、車の交錯する様を薄い鳶色の瞳でじっと見つめている。巻いたマフラーと耳当て、手袋という防寒具を纏っていながら彼女は懸命に寒さに耐えている。

そんな彼女を、僕は白線の向こう側で呆然と眺めていた。人混みにたった一つ現れた彼女に釘付けになっている。信号機の時間待ちとか、行き先に早く向かわない焦燥感とか、目的すら忘れるほどの衝撃そのものだった。

人生観の変化。停滞の稼働。闇に現れた一点の光明。真っ先に感じた違和感。

彼女の存在自体が僕には異常だった。いや、違う。彼女は正常だ。僕こそが異常なのである。

曇り空の鈍色が密度を上げ、夕刻に近い時間に周囲の暗闇が呼応している。雑踏の人々もうっすらと勘づいているのか、電灯に照らされ始めた街並みに急ぎ足気味だ。

信号が緑に変わった。

……にもかかわず、僕は立ち尽くしてしまっていた。怪訝そうな視線が隣をすれ違う人たちから浴びせられるが、それも通り過ぎてしまえば興味を失って歩き去っていく。

僅かな奇異の立場にあっても、足が地に縫い付けられたように僕は動けず。ただ、こちらに進む彼女の歩みをスローモーションのような錯覚で眺めていた。

おかしい。
おかしい。

彼女からは“色”が視えない。

語弊ないようだが、彼女が無色透明の棒だけ人間という認識では断じてない。普通に可愛い普通の女の子で、特別な特徴的があるわけじゃない。

だけど僕にはどうしても彼女の“色”が視えなかったのだ。

―――僕にとっての他人とは。
子供は残酷で純粋。
少年少女は気まぐれな情緒不安定。
大人は猜疑心と虚栄の塊。

そんな心の在り方が“色”で視えるだけの、関わりたくもない存在。

つまり端的に言えば。
僕は“色”を通じて思考や感情を視て読んでしまう読心能力者である。

この異常を自覚した頃、視える事実を誰にも悟られないにしよう、と僕は決意した。

人の心を読むということは、人の秘密を暴くことでもあったから。だから両親や妹にさえ話していない。

でも、彼女は。彼女だけは。

どうして、という恐怖と。
どうして、という歓喜に。

僕は、震えて立ち尽くす。





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