続かない物語・序盤(だけ)




ここで問題だ。

時間の流れと素粒子の関係や世界の成り立ち、はたまた宇宙の限界及び物理法則の真理などについての己の意見を述べよ。

……なんて一人の善良な一市民の高校一年生にとっては小難しいかつどうでもいい事柄であって、つまるところ間髪入れずに解答をはじき出すのは世界中で数人しかいない天賦の才を与えられた者だけだろう。

平凡で若さが溢れる世代としては明日提出する宿題をどう乗り切るかを思案するのが精一杯なのだ。わけのわからない押し問答に『はいそうですかわかりませんさようなら』と早口で告げて逃げるのが最善の選択肢じゃないか。

「こことは違う世界を、あなたは信じる?」

だからさ。

「……いや、信じる信じない以前に……」
「こことは違う世界を、あなたは信じる?」

頭の螺子がすっぽ抜けた質問を繰り返す人物は俺の喉元に鋭利かつ巨大な剣を突きつけて脅した。冷たい鉄の切っ先が肌に伝わり背筋が凍る。

もしかしなくても人生最大の危機であり、目の前の人物に生死を左右されているのが明白なだけあって滝のように汗が流れる。

なんだこれは。この非日常は。こんな事態は他の天才的な才能を秘めている誰かに作用するご都合主義的展開であり、日々平凡並みの生活に満足している小市民に降りかかる天災ではない。

こことは違う世界を信じる?
冗談じゃない、それ以前にお前は誰だよ。

「あなたは」

ぐっ、と更に喉元を圧迫する剣の先鋭。文句を語る資格すら与えてもらえそうにない。

「こことは違う世界を信じる?」

……この剣士格好の黒髪ポニーテール、マジでヤバい。

まともに会っていたなら惚れる容姿だが、如何せん出会いは見ての通り最悪だ。

帰宅途中の俺をいきなり路地裏に引き込んで銃刀法違反を現在進行形で実行し、なおかつ脅迫の真っ最中である。誰か何とかしてくれよ。どうにもならない事態に涙が出そうだ。

「答えて」
「うっ……」

ちくりとした痛覚が首に走る。少しだけ肌を切られたようだ。
鏡を眺めて血が流れたのか判別したいところだが、目の前のこいつの纏うオーラが激しく吹き荒んでいるように思える。

ついに俺は観念し、非日常に語りかけた。

「ああ、信じる」

瞬間。

がらごしゃん。

鉄の巨剣がコンクリートに跳ね、続いて目の前の脅迫者が糸の切れた人形のように倒れ込んできた。

―――って待てぇぇぇっ!?

俺は慌てて前方に傾く華奢な体を支えるようにして抱きしめる。
案外柔らかいな……じゃない何だこの状況は。
突然非日常を特売情報として売りつけてきた張本人が気絶したこの状況、凡人たる俺には解決策が見つかりません。とりあえず人生の不運は免れたとして、これから先の未来を考えてみよう。
……頭から煙が出そうだ。冷静な意識を保っていたつもりでも実は混沌と化していたらしい。頭痛が断続的に襲ってくる。ああくそ、こんなのどうすりゃいいんだよ。

悪態をつきかけた俺は、ふと胸に納めてしまったコスプレ少女に意識を傾ける。

別の世界、か。

信じる信じないは別として、こいつは何がしたかったのだろう。
力無く身を預けるこの姿は、先ほどの威圧感満載な鬼神の面影すらない。ギャップが違いすぎる。

……とりあえず、病院に連れて行くとしよう。

はあ、と溜め息混じりに決断した俺は足元に落とした通学カバンを引っ掛け、少女を背中に担いで歩き出した―――と、思いきや。

がくん。

「へっ……?」

浮遊感、重力の喪失、位置感覚の混乱。
混乱する本体に様々な感覚が告げる。

―――落下中。

「っ、うわあああああぁあぁぁっ!!?」

俺はかつてない非常事態に雄叫びのような悲鳴を上げ、本来なら存在しなかったはずの長大な穴から落ちていった……。




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