18
思考の渦に飲まれていた俺は意識を傾け、師匠が苦笑を漏らしていた事実にようやく気がついた。
まただ。物事を深く考え込んで、仕舞いにはだんまりになる悪い癖が発動していたようである。申し訳なさでいっぱいになるが、俺の目標である熟練の剣士は苦笑を浮かべたまま年期の入った木刀を傍らへ置き、何気なしに空を見上げた。
何となく、師匠に習って眩い蒼に視覚を飛び込ませ、同一の背景を眺める。
―――静かだ。
「なあ、リンク」
「なんですか」
「このフィローネの森をどう思う?」
お互い視線は未だに眩い蒼に釘付けのまま、降ってわいた問い掛けに何と回答すべきなのか迷った。うわ、当たり障りが無さ過ぎて逆に返答に詰まる。
「モイさん、それは一体…」
「いいから答えてみろ」
あくまでも気軽に、モイさんは俺の疑念を封じた。何らかの意図があるような、されど重要でもないような態度。
これはもしかすると、試されているのだろうか。
この際の疑念は頭の片隅に追いやることにした。
俺は、俺の『フィローネの森』を思い浮かべる。
―――幻想の緑、緩やかな風、豊穣の大地、動物たちの楽園。幼なじみや村の子どもたちの安息の場、村の生活を支える自然、始まりの泉……。
俺の記憶の大半は森で過ごした日々が刻み込まれている。思い入れが強いのはきっと気のせいではあるまい。
だからこそ、俺は素直に応えられた。
「モイさん」
「ああ」
「……俺は、『故郷』だと思っています。平和で、安穏としていて、少し退屈で……失いたくない場所です」
自分の気持ちを正直に言葉に乗せた。贅沢は望まない、ただみんなと暮らしていける日々を過ごしていければ俺は幸せなのだ。
「……そうか」
モイさんは普段通りの逞しい響きを森に浸透させた。その響きが落胆なのか歓喜なのか、表情を伺えない俺にはさっぱりわからない。
まあ、そのまま口走った言葉が今更ながらに恥ずかしくなってきたのは確かだが。
[back] [next]