06




高低差に一瞬だけ違和感を覚えると同時、エポナの息遣いと自分の『呼吸』を合わせる。

お互いの存在が認識され、一体化した感覚が今日の愛馬の調子を捉えた……が。

今日のエポナはやけにやる気に満ちている……ような気がするな?

おかしい。

朝一番、小鳥がさえずり始める時間帯で力が発揮しにくいというのに。

エポナの脚は『力』がみなぎり、今にも走り出しそうなバネが蓄えられていっている。

しかも『早く早く』と合図するかのように長い首が何度も後ろを振り向き、四肢はその場でリズムを刻んでいるではないか。


原因は言わずもがな。
俺は、眼下にいる幼なじみの姿を返り見た。

彼女の仕業だろうな、まったく……。

エポナの手入れをしていたイリアは、おそらく主人想いであるエポナに耳打ちしたのだろう。

俺が(ある意味で)危機だと。

エポナの使命感をそこまで計算していたとは恐れいる。愛馬の全力疾走を利用すればほぼ確実に約束の時間に間に合うからな。

俺が呆れた視線を送っていると、

「さ、準備が出来たなら行ってきなさい。モイさんとの約束、遅れたら失礼でしょ?」

猫を連想させる吊り目が、仕方のないような笑みの形を作って見上げてきた。

……なんだかなあ。

俺はその笑みに毒気を抜かれてしまった。

なんだかんだでイリアには助けられっぱなしだ、と改めて思う。
怒号ばかりが飛び交っていたが、よくよく考えてみると俺のために行動してくれていたのだ。

それに、とイリアの行為が脳裏に浮かぶ。

朝食及びエポナの手入れ、荷物の準備。

「イリア」
「何よ?」

イリアの片眉が不審そうに下がる。まだ何か用があるの?とでも言いたげな様子に、

「ありがとな!」

俺は感謝の言葉を口にした。本心からの気持ちをストレートに伝える。

だが、イリアはそっぽを向いてしまった。そんな事言ってる暇があればさっさと行け、という意思表示なのだろうか?

俺が疑問に頭を悩ませていると、

勝手に視界が流れていった。

…………な、なんだ?

唐突に訪れた変化が思考の混乱を招く。
エポナが勝手に走り出す体勢を取っている、と理解するまでに間があった。

疑問の解消は後回し、今は『呼吸』が乱れた相棒を落ち着かせなければ。

エポナ、落ち着け。

俺は疾走しかけたエポナの横腹を優しく叩き、落ち着きを取り戻すように促す。

だが。

ついに我慢がならなくなったエポナが高らかに嘶(いなな)き、号令無しに疾走を開始した。

見る間にイリアの姿が遠ざかり、急な加速に振り落とされそうになった俺は前方を見据えるしかなかった。



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