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勇者のなんでも相談室 番外編



唐突だが休養中にすまない。少し時間をいただいても構わないだろうか?

……感謝する。

実は屋敷の内部構造の改善点について、直に意見を収集している。

君たち英雄の帰還が我々の責務だということは深く自省しているがゆえに、帰還に至るまでの生活に不満があれば改善するのも我々の義務でもある。

ああ、人間の解釈では押し付けがましい処置なのだろう。だが君たち英雄の寛大な精神に甘えきっている我々としては、何か出来ないかと常々思ってしまうのも性なのだ。どれほど詫びても状況が不変ならば、行動ありきと考えたのだ。すまない。

……とはいえ、君の言う通りあのお調子者が皆の意見を聞いたところで独自の解釈を行い、何かしらの騒動を明らかに招きかねない。そこで私が代行者に、というわけだ。

……………。
君も苦労しているのだな。気遣い、痛み入る。ありがとう。

さて早速質問だが、現在の生活上で余分な空間があれば教えてほしい。

この身は肩書きの通り、無効化、消去、破壊はお手の物だ。細かい調整は不得手といえど、何かしら特定の意見があれば、いざというときに対処しやすいのだ。

まあ悔しいことに、アイツは創造に特化しているがゆえに器用な反面、あの気分屋かつ自由奔放な性格だろう?

―――君の考えているように我らは元より“維持”に向いていないのだ。そもそも混沌と秩序を支えること自体が我らの本来の役目ではないのだよ。

……話が逸れてしまったな。すまない。
では何か意見はないか、教えてもらえるだろうか?


◇ ◆ ◇ ◆ ◇




長かった。

実に長かった……のだが、言動の端々にこれまで課せられてきた苦労が滲み出ていただけあって安易に一蹴できる雰囲気ではなかったと断言しよう。むしろ今後とも頑張れと応援したくなる苦労性が垣間見えた。

俺は、ふわふわと宙に浮遊する白い左手袋―――クレイジーハンドに何とも言えない感慨を抱く。

この世界、通称“スマッシュブラザーズ”は二柱の神によって成り立っている。

一方は創造神マスターハンド。
もう一方は目の前の苦労人(手?)こと破壊神クレイジーハンドである。

創造と破壊の役目を担うだけあって人知を遥かに超える力を扱うのだが、この半身たちは対になっているためにその性格も正反対であった。

うっかり紳士かつ唯我独尊がマスターだとするならば、クレイジーは名前に似合わぬしっかりとした生真面目そのものといえる。

だからこそ休養日に予定していた森の散策を一時中断して時間を割いたのである。これがマスターであれば即座に斬り捨てていた、主に物理的な手段で。

毎度のごとくタイミング良く出発しようとして唐突に『空間転移』を用いて現れた存在に出鼻を挫かれた感は否めないものの、真摯に取り組む姿勢を見せつけられては仕方がないだろう。いくら神を信用していない俺でもクレイジーの態度は人間臭く、好意的に思えるのだ。いっそマスターは一度クレイジーの爪の垢を煎じて飲んでこい。

それはともかく。
俺は口元に手を当てて思考を切り替える。
この屋敷の構造は創造神マスターハンドが着手しただけあり、極端に有用な面がある一方で極端に不便な面も存在した。

なにせ外観に合わない居住区域の広大な空間は物理法則を完全に無視するどころか喧嘩を売っている。

俺自身の体験談としては昨日まで把握していた道程が消え、新たに別の場所に繋がっていた……など、もはや諦念の域にある光景が日常茶飯事だった。

それを少しでも改善できるならば協力は惜しまない―――のだが。

少し思案し、俺は顔を上げる。

些か自室はクレイジーのサイズには狭いようで、彼なりの配慮なのか神の態度なのか定かではなかったが、これまで身動ぎ一つしていなかった。

……このまま改善点を述べるのは簡単だろう。
しかし、その前に尋ねるべき質問があった。

「クレイジー」
「何だろうか、光の勇者?」

マスターと同じく特有の固定名で呼ぶクレイジーにあえて言及せず、俺は別のベクトルで疑念を問う。

「仮に余分な空間があったとしてだ。破壊する範囲の調整はどの程度まで可能なんだ?」

自他共に不器用だと公言したクレイジーは暫し黙考し、あっさりと告げた。

「ふむ、努力しておおよそ屋敷の半分が消し飛ぶな」

…………。
…………………いや、もう何というか。良心が溢れていても神は神というか、究極的なスケールの不器用っぷりに唖然となる。

「……光の勇者よ、如何に私でもこれでは本末転倒だと理解はしている」
「あ、ああ」

クレイジーの苦笑するような声音に何とか掠れた返事を絞り出した。マスターと違って人間の常識は弁えているらしい、と安堵する一方で力加減に悩むクレイジーの心情も読み取れる。

確かに破壊神だけあって絶大なる能力だが、絶大すぎて調整できないとなると、もどかしいにも程がある。

人体の左手を模した存在には表情は無いが、人間が項垂れるように五指が床に垂れた。

「こんな時こそマスターの協力は必要不可欠なのだが……」
「何かあったのか?」
「いや、マスター曰く“英雄たちが惹き寄せた架空元素によって確定拡張された多次元模倣領域における各時空の連結あるいは拒絶反応が起点となる、相反する概念による相互共鳴作用の終極及び飽和状態に興味が尽きない”と、現状を放置する見解を示した」

案の定である。言語の大半が意味不明だったが案の定だった。
ってまたか、またなのか。好奇心に弱いとはいえ、ギリギリになるまで動かないという算段らしい。

「こうなっては梃子でも動かないからな。かといって私だけでは屋敷を半壊させかねん。ゆえに、せめてもと意見の収集を始めたのだ」

クレイジーはどこからか深く溜め息を漏らした。

俺はなけなしの自制心を一旦平静に保ち―――たった一つの言葉に集約させる事に尽力した。

散策用の荷を下ろし、慣れた動作で退魔の剣と盾、予備装具と補佐目的の武器を装備する。

もう既に、かなり限界だ。
何故か?
答えは簡潔だ。

「…………クレイジー」
「む?」

真底不思議そうに言葉を発した苦労性の塊に、俺はかつてない高揚感のままに一言。

「メンバーを召集してくるから終点にマスターを呼んできてくれ」





END?


あとがきのような裏話。

というわけで裏方ばっかりなクレイジーハンドの登場でした。この後は大半のメンバーによるマスターハンドへの抗議が始まります。全軍突撃ならぬ英雄がマスターフルボッコですねわかります。

当サイトではクレイジーは器用にしっかりしている生真面目な性格ですが、破壊に関しては不器用というか微調整が苦手な神です。

破壊の能力を担っているだけに全てを“無”にすることに特化しているため、一部分だけの破壊となると難易度が半端なく上がる仕様です。裏方に徹するクレイジー頑張れ。

厳密には相談ではなかったので番外編と相成りました。ちなみに勇者は基本的にきちんと話を聞いてくれるのでぶっきらぼうな言動でもメンバーからは頼られるお兄さん的なポジションに位置しています。面倒なことでも(何か文句を愚痴りながら)率先して動くのも原因ですが本人は気がついていません。


では、ここまで読んでくださりありがとうございました!

2012.03/23.



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