吐息は白く天に昇り、儚く寒空へと掻き消えていく。
冷たく凛と澄み切った空気、青い空に映える粉雪が風で舞い上がる様が、実に美しい。


「……と、そうは思わないかね、繭」

「いや、松永先生何やってるんですか、ここ私の部屋の前なんですけど」


高校生ながら逞しくアパートに一人暮しをしている繭の部屋の前に立っていたのは、クールで嫌味な言葉と真っ黒な笑みで生徒を指導する教員――繭の部活の顧問である松永久秀だった。
相変わらず余裕そうな笑みを浮かべてはいる……が、よくよく見るとらしくもなく体が小刻みに震えている。
一体何時間この寒空の下突っ立っていたのだろうか。


「いやはや卿は運が良い。もう少し来るのが遅かったら、少々法に触れる手段で中に入る所だったよ」

「教師がそんな恐ろしい事サラっと言わないで下さいよ!というか何で松永先生がこんな所に居るんですか……?」


――私が此処に居たら何か問題でも?
そうしらっと言ってのけられた繭は深い深い溜め息を漏らした。


(相変わらず考えが読めないよこの人……!)


繭は茶道部に所属していた。
と、言っても別段茶に興味があった訳では無く、押しに弱かったその性格を久秀に付け込まれ半ば強引に部員にさせられたのだった。
部員達はほぼ幽霊部員で、繭だけがこれまた強制的に参加させられており、活動は繭と久秀のワンツーマンが常である。

そんな中で(むしろ最初の時点で)自分では理解出来ない久秀独特の性格、行動を嫌という程その身で体感してきた繭だったが……
当然の話、理解出来ないものはいつまでたっても理解出来ない。


「あの〜、寒いんで取り敢えず部屋に入りたいんですけど……」

「私が此処に来た理由だが、本当にわからないのかね?」

「(……む、無視?)ご、ごめんなさい、身に覚えがありません」


正直思い当たるならとっとと答えてこの寒さからも腹黒教師からも開放されたかった。
だが本当に全く覚えが無い。
そんな繭の態度に久秀は不機嫌そうに僅かに眉を寄せた。
そして見ようによってはどこか拗ねているかの様な色を顔に浮かべ、わざとらしく肩をすくませる。


「今日は何日かね」

「え?えーと、2月14日です……か」


その日にちを口にした途端、恐らく日本でかなりポピュラーな方の記念日である事が頭に浮かんだ。
が、到底久秀が此処に居た理由に結び付く訳が無い。……あまりにも有り得無い。
そんな事が理由だと一瞬でも思ってしまった自分に呆れた繭はフルフルと頭を振る。


『――…バレンタインというもの程くだらないものは無いな。そもそも日本のチョコを贈る風習など菓子製作会社の陰謀に過ぎぬというのに、それに易々と乗ってやる義理は露ほども無いだろう。純粋故、か、疑う事もせず必死になれる今の少女達のひたむきさには感心すら覚えてしまうよ、いや結構』


なんて、日本中の女子を敵に回す様な事を、その女子の目の前で口にする様な人だ。
それ以前に普通に考えてそんな理由で生徒の家の前に何時間も待ち伏せるだなんて、常識を逸してる。
一歩間違えれば相当危ない方向の人じゃないだろうか。

……そう思った、いや思い込もうとした繭だったが、目の前で久秀が右手を差し出して来たのを見て、本気で目眩を覚えた。


「……な、なんですかその手は」

「やれやれ……卿には失望したよ。クラスの男子や揚句女子にまで贈ったそのくせ、日頃世話になっている私を退け者扱いとは……」

「いやそんなつもりは無いですよ!というか、担任でもないのに何観察してるんですか!」

「ははは、私の趣味は高見の見物なのだよ、笑ってしまうだろう?」

「…………だ、大体松永先生散々バレンタインはくだらないだのチョコは好かないだの言ってたじゃないですか」

「それとこれは別だ。私は繭の感謝の気持ちと誠意を見たかったのだ」


ああ言えばこう言う、とは正にこの事だろう。
久秀に口で勝てる人間などまず繭の通う学校には存在しない。


(お、大人のくせに何その屁理屈……!いや落ち着け私、これでも相手は教師よ教師)

繭は無意識に握り閉めた拳を後ろに隠し、必死にぎこちない笑顔を取り繕う。
 
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