「……久秀、様、やめっ」


腹の底でぐらぐらと静かに、だが禍々しく渦巻いていた黒い感情が一気に吹き出す様だった。
そう、まるで、燻っていた炎が風に煽られ途端に燃え盛るかの様な。
抑えられない喜びが嫌でも口元に広がってしまう。
――心から欲したモノを愛でる瞬間とはいつでも、実に心踊るものだ。


「ああ、動かれては困るな。手元が狂ってしまう」


白い肌に散る赤い花びら。
涙を浮かべて横たわる繭は必死に懇願した。この行為を止めてくれ、と。
だがそんな願いなど久秀の前では到底聞き入られる訳も無く……掠れた言の葉はただ儚く散っていくのみだった。

久秀はそんな繭の肌に浮かぶ自らが付けた赤を満足気に眺めると、慈しむ様にそこをそっと指の腹で撫でた。


「!いっ、た……っ」


その赤い跡は、口付けで現れたものなどではなく。
薄い一閃の刀傷と、僅かに散った鮮血だった。
浅く浅く肩に走った赤が、小さな火の明かりに照らされ鮮やかに光る。
白い肌に浮いた赤がより映えるその様が、久秀にはとても美しく感じられた。


「……何故、こんな、こんな……っ」


呟きとも問いともつかない言葉が、困惑と恐怖に震える繭の口から零れた。
それを聞いた久秀は傍らに置いていた剥き出しの刀……繭の血で薄らと濡れた刀を手に取り、無表情に繭の顔の真横に突き刺した。

ドスッ、と鈍い音が部屋に響き渡る。


「……っひ……」

「何故、か……それは卿が私の物だからだよ」


簡単な事だ。愛しいから、愛でている。
花のような可愛らしい笑顔が見たいと思う。それは真実だ。
だがその反面この手で傷付け、この腕の中で涙に暮れるその姿も見たい。壊してしまいと、心の底から思った。

深々と畳に突き刺さった刀を僅かに繭の方に傾ける。恐怖に震え目を見開く彼女の首元に、十束剣(とつかのつるぎ)の刃がヒタリと触れた。
その感触はあまりに冷たく、繭の小さな背には冷や汗がじっとりと滲んでいた。


「……血に濡れた卿は実に美しい。脅える顔も声も、全て愛おしいと……心から感じるよ」


久秀は自分が付けた痛々しいその刀傷に、言葉通り愛おしげに舌を這わせた。
突き刺していた剣の柄から手を離し、血の滲む布に隠されていた柔らかな膨らみを露わにさせる。
痛みと羞恥から息を荒くしながら逃れようとする繭の体を押さえ付け、貪る様に滲む赤を味わった。
鉄の様な、しかしどこか甘い味が優しく舌を包み込む。血の味は好きではないが、この時ばかりはそう感じた。


「卿は私の物だ。傷付ける権利も、脅える声も、その表情も」


全て私だけの物。誰かに晒すのは許さない、触れる事も許さない。

"所有物"だと、そんな印を刻み付けるこの行為に久秀はたかぶりを感じながらも、酷く滑稽に感じた。
矛盾した気持ち、矛盾した行動。実に合理性に欠けた事だ。哀れ、哀れ。
だが、それこそが人という歪で哀れな生き物の自然な姿なのだろう。故に苦しむ事はあれど、それに悩む事も逆らう事も自分はしない。

己を含め全てを憐れむかの様に、自嘲に満ちた笑みを浮かべて久秀は小さく囁く。


「嗚呼、可笑しいな。卿は私を……気狂いだと思うかね?ならばすまない、卿を愛した私の心を、存分に憎んでくれたまえ」


そう笑えば、繭は涙を浮かべた瞳に絶望と憎しみを浮かべ、鋭く睨んだ。
罪の意識に心が痛む。彼女の気持ちが自分に向くならば、それすらも心地良い。

はらはら、はらはら。舞い落ちる歪んだ赤い言の葉は、歪な愛故に。


―終幕―
09.05.04
     
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