暗闇に支配された部屋を、雲に霞んだ僅かな月明かりが差し込む。
その光が壁に体を預けた自分の足元を柔らかに照らした。

――白い。私の足はこんなにも白かった?


●籠の鳥


青白い部屋の中、明かりも点けずにこうしているのは、何も映さないこの静かな暗闇に甘えていたかったからか。
そんな気力も無いからか。
多分どちらも正解だ。
心から繭はそう思った。

ぎし

襖の向こうから壁に伝ってくる足音に、降ろしていた睫毛が不意に震えた。

ぎし、ぎし

耳に響くそれは、緩慢で実に重苦しい。
――あの人の、足音。繭はすぐに分かった。
彼女にとって、ゆっくりゆっくりとこちらに近付いて来るその足音は、嫌という程聞き慣らされたものだったから。

一際大きな音を立てた足音は襖の前でピタリと止んだ。
一瞬の静寂がその場を満たす。


(……ああ、来てしまった。また、私は)


――貴方に支配されるのか。


「おや、明かりも点けずにどうしたのかね」


襖を開けた彼の声が頭に響く。低く、纏わり付く様な声だ。
重たそうに繭がユルユルと頭を上げると、月明かりで半分照らされた彼の顔が見えた。
冷たい、薄い憐れみを含む笑みを浮かべたその、松永久秀の顔が。

久秀は繭を見下ろしながら歩み寄り、僅かに震える肩をわし掴みにすると、そのまま壁に強く押し付けた。
ミシリ、と自分の体の中で骨が軋んだのを感じた繭が小さく呻く。


「……っ久、秀様……」

「私が怖いか、繭」


分かってるくせに。分かってて、貴方は私に聞くんだ。私を怯えさせるんだ。

繭は渦巻く気持ちを押さえ込む様にぎゅっと唇を結ぶ。
不意に顎を撫でるその指先が怖くて、しかし酷く優しくて、それがまた恐怖へと繋がって。
顔をしかめれば、喉の奥から笑う久秀の声が耳についた。
顔を逸らせば、それまで撫でていた指がガチリとその顎を掴んで、無理矢理視線を合わせられる。

近すぎる目の前の冷たい表情が、暗闇の中で愉しそうに歪んだ。


「籠の中の鳥。実に卿に似合いの言葉だと思わないか」


その鋭い瞳に映り込んだ繭の顔は、怯えと諦めの色に満ちていた。
肩に残る痛みに教えられる。繭は自分を押し倒す久秀を虚ろな瞳で見つめながら思った。
"この男に支配された自分に、もう外へ飛び立つ権利は無いのだ"と。

私は籠の中の鳥。
貴方の……鳥。


「私の白い鳥。さて、卿は……何が欲しい?」


―終幕―
08.02.06
     
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