気付いた時には、繭の体は地面に横たわっていた。
爆音が頭の中に響いている。訳が分からないまま、目の前が真っ白になっているこの状況に必死に思考を巡らせていると、肩に何か違和感を感じた。
次の瞬間、その違和感は強烈な熱に変わり、焼ける様な激しい痛みが一斉に襲いかかった。


「――――――――――っ!!!」


熱い。痛い。声にならない声が喉から勝手に溢れる。
繭の肩は爆発による火傷で無残に爛れていた。
あまりの激痛にじっとしていられずのたうちまわって俯せになるが、体に力が入らない。立ち上がる事すら叶わなかった。
全身から嫌な汗が噴き出す。
薄れる思考とは裏腹に霞んでいた視界はだんだんと線を捉え、息も絶え絶えの百姓が見えた。そして、自分の方を向く足先も。
松永様の、足。

繭がそう思った瞬間、久秀は俯せになる彼女の腹を蹴り上げた。
なんの警戒も出来ず受けた暴力になすすべがない繭は、くぐもった声を漏らして久秀の足元に仰向けに転がされた。
むせ返って息が出来ない。体は痛みで動かない。
唯一動く涙の滲んだ目を恨めしげに久秀に向けると、彼は殆ど無感情だったその顔にやっと分かりやすい表情を浮かべた。
軽蔑と、哀れみと、獲物を見下ろす補食者の笑みを。

――殺される。


「ぅあああぁあああああ!!!」


繭の本能が直感的に悟った直後、久秀は躊躇なく火傷に侵されたその肩を足で踏み付けた。
朦朧としていた意識が一気に覚醒する。そして、それにより更に訪れる鋭い痛み。
足の下で苦しみに悶える繭を久秀は楽しげに眺めると、更にその足へ力を込めた。


「あ、ああぁうっ!……ぐ、ぅ、はっ……」

「結構、結構。意識を保つだけで精一杯の割には、中々良い目をする。では、卿のその強く美しい瞳にしかと刻ませてあげるとしよう」


そう何故か微笑み掲げられた左手の先には、炭になりかけながらまだ確かに生きている百姓。


「……や……」

「――偽善者が。無力な卿には、塵一つとて、守れる物などありはしない」


急に低くなった声色に重なるように、目の前で大きな音を立てて爆発が起こった。
濛々と立ち込める煙の中には、先程までそこに居た筈の百姓の姿はもう無い。
ただあるのは、ばらばらに散った炭の塊だけ。

――血の気が引く。
悔しさと痛みで持ちこたえていた意識が、急速に薄らいでいくのを感じた。
何も出来なかった。結局あの時と何も変わらない。
私は、なんて。そう、おっしゃる通りだ。
なんて、無力なのだろう――

炭と化した残骸に自分の後の姿を重ね、繭の意識は奈落へと落ちていった。




「風魔」


呟く様にその名を口にした瞬間、赤い髪を揺らし音もなく風魔小太郎が地に足を下ろした。
久秀は未だ気配の感じない背後でひざまづく風魔を一瞥すると、横たわる繭をしばらく見詰めてから、深く溜め息を吐いた。


「……薬師の所へ連れていけ」


音も無ければ返事も無く、風魔はダラリと完全に意識を失った繭を抱えると一瞬で姿を消した。
渦巻く風のみが彼が残す唯一の音。


「……いつもながら、実に優秀かつ忠実な忍びよ」


――否、忠実『すぎる』と言う所か。誰かとは違い、大いに好ましい事だ。
久秀は彼と、そして彼とは真逆の愚かな家臣を脳裏に浮かべ嘲笑を浮かべた。
どちらも見ていて飽きないが、やはり後者の方が遥かに扱い難い。主君に対して口答えをする家臣などどこに居よう。
が。故に躾がいがあるというものだ。

声を無くした者。声の過ぎる者。


「――はてさて。果たしてどちらが幸せかな」




―終幕―
12.09.28

お題配布元:剥製




▼以下あとがき








声を無くした者→意志をなくしただただ主に忠実な者
声の過ぎる者→意志がありすぎて主に逆らう者

という意味です。

 
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