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蘇生


 単純に見えた物事もいざ近づいたら複雑怪奇でめったやたらに絡まっていて、うんざりする。そう分かっているから何もしたくない。面倒が嫌なら何もしない方がいい。何もせず何もさせずに、まあ妥協できる範囲で合わせてやって適当に時間をやり過ごすのが一番だ。
 しかし真実厄介なのはたぶんサヤって女の存在じゃなく、オレ自身なんだろう。大人しく辛抱強く、過ぎ去るのを待てばよかったんだ。あの時もあの時もあの時も……時間がうやむやにできないことなんざないと分かっていたのに、結局待つのが面倒になって聞き入れてしまった。
 つまるところ、厄介なのは、こいつの望みを叶えることを厄介だと思わない、オレ自身ってことだ。

「バロンに行きたいな〜」
 今日の晩御飯はカレーがいいってそんな響きに何気なく顔を向けると、表情の方はなかなか深刻だった。
「何だよいきなり」
「玉座のとこに行ってみたい」
 いつもそうだが、やりたいことに脈絡のないヤツだな。なんでいきなりバロンだよ。べつに普段からだって勝手に遊びに行ってセオドアだのローザだのと喋って遊んで帰ってきてんじゃねえか。今からだって勝手にそうすりゃいい。オレは行かねえけどよ。
 しかしこの何やら思い詰めた顔は、ただバロンに行くでは済まされない用があるんだろう。ますますもって面倒臭いんだが。
 基本的にあそこの城にゃ近づきたくないんだ。しかも玉座だと? 最悪だぜ。なんで今更、自分が死んだ場所に舞い戻らなきゃならねえんだよ。……とは思うんだが。
「で、オレに連れて行けって?」
 いずれ譲歩に辿り着くような言葉を自ら発してしまうのは何故だ? 最近オレの口が言うことを聞かん。どっかで取り替えてもらえんものかね。
「カイナッツォと一緒がいい。そうじゃなきゃ意味ない」
「そうは言ってもな。さすがに真っ昼間からあそこに入り込むのは難しいぞ」
 セシルかローザか、はたまたセオドアにでも化ければどうか。しかしあいつら身内ならすぐに見破ってくるからな。
「夜でいいよ。誰もいなくなってからこっそりテレポしよ」
「……」
 ナニしに行く気なんだ。まあ、いいけどよ。人間と顔合わせなくていいってんならオレもその方がありがてえしな。

 とくにいつもと変わりなく時間が過ぎ、適当に話して適当に勉強なんぞして晩飯を食い終わり、月が空高くにきた頃。「まだ寝ないのか」と尋ねたゴルベーザ様に「カイナッツォと夜のデートに行く」とか言いやがってバルバリシアと一悶着あった後、サヤはしれっとオレのもとへやってきた。
「じゃあ行くか」
「うん」
 頼りなげな体がすとんと甲羅の上に乗ったのを感じて、略式に発動させた魔法でバロンの中心へと飛んだ。暗転し、開けた視界に懐かしいような悍ましいような、見慣れた景色があった。
 城に入ったことを知るやサヤはすぐに歩き出し、無人の玉座の手前まで行くと足を止める。その眉がしかめられ、何か嫌なものでも見せられたような不機嫌な顔になった。
「セオドアと、カインと旅してた時もここに来たんだ」
「へえ」
 そういえばこいつとゴルベーザ様が再会したのはバロンだとか聞いたな。いや、セオドア達と旅してたと言うともっと前の話か。まあどうでもいいか。
「別人みたいになったセシルがいてさー。その時はわたし、セシルだってわかんなかったけど、カインが教えてくれて。ああ、カインの正体もその時に知ったんだけど」
 その記憶を風景に写り込ませようとするみたいに遠くを見つめて語る、サヤの頭の中に、セシルは居なかった。居たのはオレであり、ゴルベーザ様であってスカルミリョーネ達でもあった。
「……セシルがどうしたのかより、時間が経ったのすごいはっきりわかってそれが悲しかった」
 サヤがかつて見たセシルは若かった。要はオレが死に際にその姿を焼き付けられたクソ忌々しいパラディンだが、いかに同一人物とはいえいきなり時間を超えて老けた姿を見せられれば普通は驚くだろう。
 セシルが歳をとっていた。それは、表面的な名称を知っていてもまだ遠い存在にすぎなかったセオドアやカインより、よほど強く実感させるものだったんだろう。ここが確かにかつてサヤの居た世界で、そこでは取り返しのつかないだけの時間が流れたのだと。
「で? さっさと本題に入れよ。まさかセシルの心配してやれなくてごめんなさい、なんてのじゃねえだろう」
 オレはおそらく理解している。サヤがここで、玉座の前に立つ傀儡王の後ろに見ていたものは……オレだ。

 何度か口を開いては言葉につまり、やがて頬を赤くしてうずくまると、ちょうど視線の高さが合った。
「わたし知ってたんだ」
 何をと問う必要はもうなかった。時間の流れに打ちのめされながらこいつが思い出していたのはオレの死ぬ瞬間だ。バロン王として玉座で相対したことなどないのに。ましてオレがセシルに殺された時には、こいつはその場にいなかったのに。
 だがサヤはセシルの顔を見た瞬間、それを“思い出して”いたんだ。
「カイナッツォだけじゃなくて、みんなセシル達と戦って負けるってこと。んー、じゃなくて……セシル達が勝つんだって思ってたのかな。そしたら死ぬとか居なくなるとか、もう会えないとか考えもしなくて」
 思考も言葉も落ち着きなく渦巻いて混乱しているのか、サヤの話は取り留めがない。……まあ、なんだ。実のところ説明なんぞいらねえんだよ。こいつが隠していたこと、オレも大体分かっちゃいるからな。
 こいつを異世界から呼び込んだのはゼムス様だ。ゴルベーザ様にもそれぐらいの力はあるが、そうしなけりゃならない理由が、執念ってものがなかった。求めたのはあくまでもゼムス様で、サヤの存在は始めから主のためにあった。
 ゴルベーザ様を想いそのためにオレ達と打ち解けようとした。それも一片の事実ではあるだろう。だがその想いさえ大元を辿れば他人の意志によるものだ。
 サヤは無意識に、あるいは意識的にも理解していたかもしれない。自分が為したすべての行動を受け止めるのが、本当は誰なのか。理解していても知らん顔をしていたわけだ。
 それともう一つ。こいつが抱えたどす黒い闇の部分。

「……死ぬって知ってたのに。仲良くなりたいとか言いながらわたしは、カイナッツォ達を見捨てたんだよ」
 気が狂うにはある程度の良心が必要だ。てめえの悪徳に耐えられずに壊れてしまいたければ、罪悪に胸を痛められなきゃならない。サヤは耐えた。というより自覚をしなかった。その時が来てオレ達が死ぬまで、自分をごまかしきってしまった。
 こいつが肩入れしていたのはオレ達ではなくゴルベーザ様でもなく、本当はゼムス様ですらない。世界の枠組みとでも言うのか、決められた未来へ向かう道筋だ。オレがセシルに挑み負けて死ぬことも、もちろんそれ以前にスカルミリョーネが殺されること、後になってバルバリシアやルビカンテが同じ道を辿ることも。
 知っていてサヤはその道に従ったんだ。なぜか? 苦しみたくないからに決まっている。未来が見えててそれに逆らうなんてのは、人間にはデカすぎる決意だろ。
 例えその先が悲劇だと分かっていても、筋書を変えてしまえばそちらがどうなるのかは誰にも分からない。オレ達をなんとかして生き延びさせたとする。となりゃ代わりに、セシル達が負けて死ぬかもしれない。後にあるのは世界の破滅だ。サヤは世界を変えた責任を負ったまま、元の居場所に帰らなきゃならなくなる。
 決まった未来なら。オレ達を見捨て、みすみす死なせても核心に触れなければ。少なくとも喪失の痛みだけで済む。その道筋を決めたのはこいつじゃねえし、責任なんぞ微塵もないからだ。
――自分の心を守るために親しい者の死を許容する。身勝手であくどい。人間としちゃ確かに最低だろう、腹の内でどうあれ表向きは他人より自分を優先するのを好まない種族だからな。なるほど。今となっては正直、結構似合いじゃねえか、なあ。
 ああ知ってたよ。オレはゴルベーザ様と違ってこいつの心中を探ることに対して悪いとも思ってなかったし、本心を知るのが怖いとも思ってなかったからな。事実サヤが選択権を抱えたまま放置していることも分かっていたし、何か一言でも救いの言葉をかけてやれば後々こいつが楽になるだろうとまで、分かっていた。
 だが何もしなかった。同じことだ。知ったうえで踏み込んで、それでも失ってしまうのが嫌だったからだ。こいつを救ってやってその後の面倒を避けたかったから、流れるままに流されただけだ。
 オレは結局、無関心を貫き通せず未練を残してしまった。あげく呼ばれてほいほい戻ってきたうえ、なんでか、こいつの想いに応えてしまった。サヤも結局、救う気のなかった命が思うより自分の心を占めていて、それに気づかないまま失って呆然とした。
 罪悪感も残っているだろう。もっとうまくやれたはずだ、傷つけず、傷つかずに済んだはずだと歯噛みもしただろう。だが何にせよ、すべて過ぎたことだった。

「今はもう知らねえんだろ?」
「うん。セオドアに会ってから後のことは、全然わからなかった。だから無茶できたんだと思う」
 未来を知らなければ結果が変わるのを恐れなくてもいい。まして本当に自分の世界に戻れるかも分からない、二度目だったからこそ。死ぬはずだったオレ達を引き止め、更にもっと深く、関わることができた。
「ならいいじゃねえか。手際は悪かったがとりあえず思い通りになったってことだ」
「そうなんだよ。悲しいこともつらいこともあるけど楽しいことも嬉しいこともあって……普通に、あっちと変わらずに生きてるのに、カイナッツォがここにいるんだもん」
 玉座を見つめ続けていたサヤがオレを振り返る。変わらない闇色の瞳に切迫感はない。むしろ、そうだな……言いたかねえが、あれだ。昔ゴルベーザ様を見送ったあとのローザ辺りが、こういう顔してたんじゃねえか?
「前に、ここに立った時はつらかった。見てないのに知ってる光景が浮かんで、わたしが見捨てたからカイナッツォはここにいないんだって思えて」
「まあそうとも言えるなァ。お前がうまくゴルベーザ様を動かしてりゃ、オレは今頃……」
 魔物が世界を支配して人間なんぞ若い女以外ぶっ殺して、永劫続く酒池肉林地獄をだな。と言いかけたところでサヤがのしかかってきた。おい首にしがみつくな、重さがなくても痛えんだよ。ああくそ、面倒臭い仕事の後はバロン王として好き放題していいと言われてたのに。働き損だ、こいつのせいで。
「セシルが王様なのに」
 感情が極まって声が震えていた。オレに巻き付く腕に力が篭る。しかしまあ、泣いてるわけじゃねえ。
「ホントのゴルベーザがいるのに。みんないるのに、バロン城なのに! 死ぬ場所なのに、カイナッツォがいるんだよ!!」
「てめえが来いっつったんだろぉが」
「わたし、幸せ……すごい幸せ!」
「そりゃようございましたね」
「普通に、一緒にいられるの……カイナッツォが死ぬまでかわたしが死ぬまでか、普通に過ごせるの、嬉しくて……嬉しいんだよ!!」
 分かったからもうとりあえず離せよ、と言いたいわけだが首絞められてて声が出ん。
 案外、複雑になりすぎた物事は裁ち切ってしまえば簡単に解決するのかもしれない。がんじがらめになって何もできなくなっていたサヤはもう、今は結局、生きてるだけで満足している。オレが、生きているだけで幸福なんだと。
 面倒な感情に巻き込むのが誰かしっかり理解したうえで受け入れちまってるんだから、やっぱり悪いのは、オレなんだろうな。

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