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おやすみ


 蒸し暑い夜だった。月はもう空高くにあるのに、熱気にあてられて全然眠れない。夏は暑いものだ。そんなこと当たり前すぎていちいち言う気にもなれないけど、理不尽さは感じる。
 わたしだって努力してるんだ。スカルミリョーネやゴルベーザの非難がましい視線にもめげず薄着になってみたりさらに薄着になってみたりもっともっと薄着になってみたりして今じゃちょっと、みっともなくて外にも出られないくらいの格好をして、部屋に引きこもって。ひんやりした場所を求めて一日中ごろごろしてる。
 留守番気分でうっかり気を抜いて、訪ねてきたポロムに応対したら「はっ、はしたないですわー!」なんて逃げられたからとりあえず全裸だけはやめて……その辺でハッと我に返った。全裸はダメだよね、人として。
 気温と人間性の狭間で、そうは見えなくてもわたしだって努力してるんだ!
「堕落の極みに見えるんだが」
「スカルミリョーネにはわたしの気持ちなんてわかんないんだよ!」
「……まあ、分からんな」
「そこ肯定しないでよ、わかり合おうよ」
 ベッドはじっとしてると温まっちゃって嫌だから床に直接寝転がる。そんなわたしを冷たい目で見下ろすスカルミリョーネに、だらーっと腕を伸ばしてみた。
「何だ」
「だっこ」
「……断る」
 なんか今しりとりになってたね? っていうか、優しくないなー。確かに冷たさを求めてスカルミリョーネに触りたいんだけど、べつに性格はあったかくてもいいんだよ。

 スカルミリョーネは暑いのが苦手だった。わたしだってそうだけどその比じゃない。アンデッドだし、体腐ってるし、ただでさえ崩れかけの肉体がだるだるになってて動くのも億劫そうだ。血の通ってない体からすれば感じる暑さはわたしのそれよりよっぽど酷いものだと思う、けど。
「暑い時こそ一緒にいたいのに」
 冬は寒いから敬遠しがちな分、スカルミリョーネで涼みたいなあなんてね。
「お前の体温で私が暑い」
「えー」
 まあそりゃ常にわたしの方が体温高いけど。死体より低体温なわけないもん、生きてるんだから。ってそれじゃあわたしが手繋いだり抱き着いたりくっつくたびにスカルミリョーネは、暑くて不愉快な気分を味わってるのかな。
「……じゃあ近寄らない方がいーんだ」
「誰もそうは言ってない」
「ふーん」
 わたしの体温がうつって生ぬるくなった床を転がって、まだ冷たい石の上に俯せスカルミリョーネをじとじと眺める。見た目だけならあっちも暑苦しいのに。カイナッツォとかバルバリシア様とかを見習えばいいのに。
 なんか、暑さが増してから余計にきっちりローブ着込んでるけどなんでだろう。うちの中にいるときなら全裸でいたって誰も文句言わないんだけど。やっぱり普段はわたしにも見られたくないのかな。……だからってこっちにまで厚着を強要しないでほしい。
「……観察するな」
「見るくらい、いいじゃんー」
 怯えられたり嫌悪されたり、それに慣れると好意の視線にまで畏怖を覚えるようになる――みたいだ。そんなのってイヤだな。モンスターだから、アンデッドだからって厭う人がいるならそんな不快感を掻き消すくらい、愛情こめて見つめたい。
 腐臭も腐肉も、どんなに醜いって言われてもわたしはこれを手に入れるために頑張ってきたんだから。

 ゴルベーザは相変わらずの完全防備だけど四天王はこれまた相変わらずの超薄着。バルバリシア様なんか見てると「暑いしこれくらい脱いでもいいんじゃない?」なんて誤解しそうになる。あれとわたしとじゃ違うんだ、世の中には人に見せていい体とよくない体があって……。
「何を勝手に落ち込んでいる」
「うぅぅ」
 とっ、とにかく。家の外で肌をさらして怒られるのはわかるよ。でも今、うちの中だし、夜だし寝る時間だし。スカルミリョーネがいるから裸はダメだとしても、シャツ一枚になって非難される道理はないと思うんだ。
「暑いんだもん、このままじゃ寝られない」
「だからスリプルをかけてやると言っているだろう」
「そんな健康に悪そうなのやだ」
 またぬるくなってきた床から起き上がって、上着をめくってぱたぱたと風を送る。汗が風に当たって一瞬だけ涼しい。
「みっともない真似はやめろ」
「じっとしてられないんだよ。文句言うなら抱いてよ」
「だっ……!?」
「そういう意味じゃなくて」
 冷めた目で見てやったら「うるさい分かってる」とか可愛いげのないこと言うから飛び掛かって抱き着いたらべしっとたたき落とされた。前から思ってたけど優しさが著しく不足してるよねー。
「もう、触らせてくれないならカイナッツォとベタベタしよっかな」
「何だと?」
「ひんやりしてるし」
「サヤ」
 ゾッとするくらい冷たい手がわたしの腕を掴む。そのまま引き寄せられてスカルミリョーネの長い腕の中にすっぽりおさまった。体中が密着してるのに暑苦しい不快感もなくて、日陰の土に触れてるみたいな心地よさがあった。
 でもすごい腐敗臭だ。いつもの数倍くらい、鼻先から頭のてっぺんまでツーンと駆け抜ける。ちょっと眩暈がした。
「平気、なのか……?」
「今更だなぁ。平気に決まってるじゃん」
 不安そうな声を断つように言い切って胸に顔を埋めた。布越しに、突き出た肋骨の感触を頬に感じる。怖いとか気持ち悪いとか、出会った時には思ったんだっけ? もう忘れちゃった。

 微動だにしない体に頭を預けてぼんやり窓の外を見つめてたら、少しずつ眠気がおりてくる。そして不意に、それを邪魔するようにスカルミリョーネの体が強張ってるのに気づいた。
「なんで緊張してるの?」
 覗き込むと顔を背ける。近づくほどに体をのけ反らせて離れようとする。……何なの!
「……夏は……駄目だ……露出が……」
「はあ?」
「私に肌を見せるな」
 ああ。なんだ、そんなことかぁ。それでうちの中にいてもちゃんとした格好しろって言うんだね。でもバルバリシア様を見慣れてるのに照れてくれるなら、ちょっと嬉しいかも?
「他に誰もいないから平気でいられるんだよ。ほらほら見ればいいじゃん」
「やめんか! 暑いのならいっそ全て脱いでローブでも羽織っておけ」
 その方がよっぽど変態臭いんだけどそう言うスカルミリョーネがそもそも素っ裸にローブ羽織っただけだった!
 魔物だから許されることだ。わたしまでそんな格好してたら「ああ、あいつらやっぱり露出狂か」とか思われちゃうじゃん。
「隠してたら暑いからお断りします」
「中に何も着なければ多少は和らぐだろう」
「ダメだって、風通しが必要なんだよ」
 蒸れたら余計に暑いからね。あ、スカルミリョーネもそうなんじゃないのかな。ずっと同じローブ着たまま全身隠して換気しないから、ニオイが篭って臭いし暑いし?
「スカルミリョーネも空気入れ換えたら、」
 体調よくなるんじゃないかなって、目の前の合わせを掴んでバサバサ煽ってみる。ローブの中に溜まってた臭気が塊でわたしに直撃してちょっと死線を越えかけた。
「くぉあああ」
「……この馬鹿」

「大人しく抱かれておれんのか、サヤ」
「だ、だってー!」
 これから暑くなるばっかりなんだよ。二人ともちゃんと対策しとかなきゃ、ホントに家の外に出なくなっちゃう。引きこもってたらニオイもだらしなさも誰も責めてくれないもん。堕落の一途を辿るばかりだよ。
「わたしが駄目人間になったらイヤでしょ?」
「別に構わんが」
 え、想定外の答えだ。だってさっきは「堕落の極みだー」とか厭味っぽく言ってたくせに。神経質というか事細かな性格だからわたし、頑張ってたんだけど。
「人間として駄目な方がアンデッドには似合いだろう」
「え、ええー」
 死の闇の中から持ってきたような冷たい体に包まれて、不快な熱が冷めていく。同じだけのものをあげたいと心底思う。誰かに傷つけられた分だけ、それ以上に、わたしが貰ってる心地よさと同じだけのあたたかさをあげたかった。
 もう空も見てなかった。うだうだ話してる間に、気づいたら月がいなくなってた。……寝られなかった。寝るのがもったいないくらいこの時間が大切だった。だからもう、今日は一緒に起きててみよう。

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