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 死んだら天に昇るんだなんてよく言うけど、こんなお昼の健全〜な感じの空を見てると嘘じゃないかと思う。やっぱり、死んだ人は地面の下。その方が落ち着く気がする。土の……ってくらいだしね。
 それに、空より土の下にいる方が近いし手も届きそうだから、そっちにいてくれた方が嬉しいかな。まあ欲を言えば、普通にわたしの隣にいてくれるのが一番嬉しいんだけど。
 帰宅中、目を閉じて開けたら世界が一変してた。異様な体験なのに2回目ともなるとけっこう落ち着いてる。ここはどこなんだろう。また同じ世界に戻ってきたのかな。だとしたらわたしはそれを、喜んだ方がいいのかな。
 2回目だ。前回は決してきれいな終わりじゃなかった。わたしが為したことなんてたかが知れてるし、もしも誰かが「サヤが居てよかった」って思ってくれてたとしても、それは最後にいなくなったからじゃないのかな。
 今になってまたのこのこ現れて……受け入れてもらえるの? こっちを選びきれずに元の世界に帰ったわたしを。どうせ今度も、最後には帰るだろうわたしを待ってる人なんか、もういるわけがない。

 とにかく昼間だってのはラッキーかな。ただでさえ知らない場所なのに、夜中の荒野に一人ぼっちって怖すぎるから。昼だって心細いけどまわりがよく見えるのだけ救いだ。
 まずは周囲をよく見回してみる。視界の端から端まで一面の草原だった。遠くに見える山々、反対側の彼方に海……えっと、特徴ないなあもう。
 物語はあれで終わったんだ。だからここがどの世界でも誰かに会えても会えなくても意味がない。それはわかってるけどやっぱり一人はイヤだな。町でも見えてればそこを目指して歩き出せるのに。家に向かってた足をどこへ持ってけばいいのかわかんないよ。だって隣に、誰もいないんだ。
 俯いて自分の足を見つめる。一緒に出かけてはぐれたこともあった。だけどそれとは質が違う。はぐれただけならまた会えるのに、今はもうだめだ。相手はわたしを探してくれないし、わたしも探しようがない。だって――。
「もう、死んじゃってるんだもんね……」
 死の水先案内人とか名乗っといて自分だけ先にいくなんてバカじゃないの。じゃあわたしはどうやってそこへ行けばいいんだよ。

 やり場のない悔しさを抱えてその場にうずくまった。太陽はあんなに眩しいのに、空の色はすごく冷たい。世界がどうあっても、そこにいるべき人がいないんじゃ仕方ないよ。
 いつか死ぬのはわかってた。それはここに来る前のわたしにとって当たり前のことだったから、どうにかして彼らの未来を変えようなんて思いもしなくて、いざ失うギリギリになって唐突に気づかされてしまった。起きるとわかってた悲劇よりもずっとつらかった。筋書を変えたいほど大切に想ってしまってること、それは絶対にできないこと、間際に気づいても遅すぎた。
 ゴルベーザのそばにいるのって都合がよかったんだ。わたしがそれなりに大切な存在になれたら、いろんな人が助けられるのかなって。最初に見てたのはあっちばかりだった。けど実際にわたしが一緒にいたのはセシル達じゃなくて、実はもう途中から立場は入れ代わって、主人公である彼らのことより近しい人達が心を占めていて。
 ……死なせたくなんかなかった。でも、決められたハッピーエンドに手を出すのは怖かったんだよ。わたしは最初からゼムスの存在まで知ってたもん。
 四天王が勝って無事に帰ってくるならセシル達が死ぬってことだ。ゴルベーザとセシルに真実を伝えればゼムスの憎悪のはけ口がなくなる。ゼムスを助けたら……世界ぜんぶを見捨てることになる。皆が幸せに、なれるわけがない。
 未来を知ってるのは不幸でしかなかった。放っておけば丸くおさまるんだって知らなければ、何も考えずに言えたんだけどなあ。
「……死なないでそばにいてよ、って」

 今なら楽に生きられる。物語が終わった後なら、だってもうどうしようもないし。それより何より、どうする必要もないもん。届かないってわかってながら手を伸ばすべき闇は、もうここに存在しない。
 一言でいえばやる気がなかった。なんにもしたくない。だから、バカで無防備な人間を見つけて喜々として駆けてきたモンスターにも無反応だった。うんもう好きにすれば? なんてやけっぱちで、突進してくる影を屈んだまま見つめる。
 残り三歩、いや二歩の距離。鉤爪がわたしにかかる寸前、真っ白な風が舞い込んできた。
「あっ……危ない!!」
 小柄な体で盾を構えてわたしとモンスターの間に割り込む。攻撃の勢いに吹っ飛ばされそうになりつつどうにか留まると、盾の横から剣を突き出して威嚇する。頼りない背中にどっかで見たような白い髪が揺れる。
「去れ!」
 思いの外強く響いた声に、モンスターがたじろぐ。剣を握った手に力が篭るのが後ろから見ててもよくわかった。
「早く行け! でないと……」
 それでも踏み止まっていたモンスターが、殺気立つ彼とわたしとを見比べて、名残惜しそうに立ち去っていく。その姿が見えなくなるまで待ってから、振り向いたその人の顔。
「ええー! かっ」
「か?」
 可愛い、って失礼だよねやっぱり。慌てて口を押さえたわたしに首を傾げつつ、王子様風のその人は「大丈夫ですか」と手を差し延べた。
「あ、は、はい。ありがとう」
 美形だよもろに好みだよ。わたしと同じくらいの歳かな? でも異世界人の年齢ってよくわかんないから年下かも。なんでなの、初っ端から全然違うよー。いきなり命令されたりごっつい鎧と御対面したりしないなんて。

「あなたはこんな所で何を?」
「えと……迷子的な感じです、いろんな意味で」
「行く宛て、ないんですか?」
「さっぱり、はい」
 彼は誰なんだろう。白い髪と真面目そうな顔つきはセシルにそっくりなんだけど、雰囲気が違うしそもそも若すぎる。っていうか喋るのを聞くと幼いくらいだ。
 ハッ! も、もしかして今度は過去に来ちゃったとか!? セシルの若かりし頃とか! うわー……そんなわけないし。もしそうならわたしにとって都合がよすぎる。
「僕はセオドアって言います」
「あ、わたしサヤです」
 セオドア。……やっぱりなんかひっかかるなあ。
「サヤさん……僕はバロンに向かってるんです。よければ一緒に行きませんか?」
 そりゃあもう、こんな魔物だらけのフィールドのど真ん中で丸腰の小娘が一人うずくまってたら、気になるだろうと思うよ。でもセオドアさん? 明らかに何か物語を背負ってそうな人が、そんな怪しい人間を連れてくべきじゃないと思うんだよ。
 とは思いつつ。一度助かっちゃうと命が惜しいよね。一人で放り出されたら簡単に死んじゃうし、彼に頼った方がよさそうだ。バロンに行くならたぶん、丁度いいもんね。
「……よろしく、お願いしてもいいのかな」
「ええ。道連れがいた方が僕も心強いです」
 セオドアの顔にはまだ緊張が浮かんでた。わたしの素性を怪しんでるわけでもないみたいなのに。ふわっと笑顔になりそうで、なれずに固まってるみたいだ。守ってもらうのはわたしなのに、どうして縋るような目をするんだろう。
「じゃあ、一緒にバロンに行こっか」
「はい。よろしく、サヤさん」
「こちらこそ、セオドア……」
 セオドア君? さん? 迷ってる間に、言葉を継ぐには微妙な間ができちゃった。まあいいか。

 ここはわたしの知ってる世界だ。でも闇を失ったあとの平和な世界だ。空は見上げないでおこう。遠すぎて悲しくなるし、きっとそこに求める相手はいないから。

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