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刻印


 魔物同士であれば互いの外見はさほど気にしないものだ。だから私は魔物に生まれてよかったのだろうな。以前は思いもしなかったことだが。
 力が有るか否か、我々が相手を見極めるのに他の何も必要ない。姿を変じて敵対者を惑わせるモンスターなどざらに居るのだから、目に映るものにばかり気を取られるのは愚かしいことだ。
 ミシディアの人間どもだけならまだしも、サヤやゴルベーザ様までもが未だに慣れないという人に化けたカイナッツォの姿を見ても、私は何の不自然さも感じなかった。バルバリシアもルビカンテも、それは同じことだ。
 ただ、今だけは別だ。人間の男に化けたそいつがカイナッツォであるということは自然に受け入れられるのだが、気持ち悪さは拭えない。
 恐ろしいことに今あいつは勉強している最中なのだ。あの不真面目で面倒臭がりで誰に謗られようと何もすることが無ければいつまでも日向で寝ているだけのカイナッツォが、自ら魔法を学んでいる。それも、日頃馬鹿にしきっている私の得意な、不死や蘇生に関わる魔法を。どういう風の吹きまわしなのか……。
 さらに常なら有り得ぬ真面目ぶった言動も違和感に拍車をかけている。未だ言葉も解さぬ奴の子を、あやす姿を見かけるのだ。度々。……子守をするカイナッツォ! ああ気色悪い。死んだ方がマシだと思えるほどの気持ち悪さだ。幸いにも私は既に死んでいるが。
「……自分で違和感はないのか?」
「あるなぁ。つーか今すでに気色悪ぃな、この体勢が」
 魔道書を片手に視線を逸らすことなく。滲み出る見知った気配を無視してでもお前は誰だと問いたくなる姿だった。

 なぜ急に魔法の勉強など始めたのかと尋ねると、あいつのためだと何の気無しに言われた。……サヤか。といっても彼女が勉強しろと頼んだわけではない。子供に関しても、カイナッツォが自分から申し出ていることだ。
 どうせ暇なのだからとは思う。だが暇なら暇なだけ、退屈に浸る輩だと思っていた。
「……よく分からんのだが」
「ガキまで作りやがったんじゃあもう、この先なにを仕出かすか分からんだろ。準備ぐらいしとかねぇとな」
 途中で失敗するかとも思ったんだが、との言葉をサヤが聞いたら泣くのではないかと思う。彼女なりの葛藤があった末にできた子供だろうに。それでも人の親か? ……いや、人の親であっても魔物なのだから当たり前の反応か。
 不死の魔法とやらはサヤに使う気でいるのだろうか。そうならミシディアの長老連中とまた悶着がありそうだ。
「あいつが死ねばそこで終わるはずだったが、そうもいかなくなったしなぁ」
 面倒臭そうに言いながらも、カイナッツォの目は不気味なほど穏やかだった。

 魔物という存在は生まれてから死ぬまで等しく孤独だ。人間と違い親になど頼らぬし、また親と呼ぶべき者の方でも血縁に意味を求めない。カイナッツォとの結び付きがあるのはサヤだけで、この子に与えるものも、求めるものも、何も無いはずだった。この男のことだから枷が居なくなれば簡単に捨てるだろう。
 枷――サヤが居なくなった世界に我等の存在価値は無い。ゴルベーザ様だけでは、私達は求められないからだ。
 血の繋がりに感傷はなく、約束を交わした女が生を終えたならその子供に興味は抱かない。
「あいつが死んだ後にも、続ける気なのか」
「まあな」
 義理か? ルビカンテではあるまいしそんなものを持っているはずがない。では愛か。考えただけで寒気がする。
「あいつが死んでそれまで、っつってオレがほっぽりだしたら、怒るだろうよ」
「嫌われるのが恐ろしいのか」
「阿呆か。ごたごた文句言われたくねーだけだ」
 しかし死んだ後なら恨まれようと怒られようと関わりのないこと。要は己自身がサヤの意に反したくないだけだろう。

 今はゆったりと流れているように見えても、未来から見ればこの時間は瞬く間に過ぎているのだろうか。サヤの死後、魔物たる者には子供を見守るための理由が必要だ。言い訳とも言えるか。血族同士の愛を持たぬ我々には、子への想いだけで生きるのはとても難しい。
 人間の分際で魔物を愛し子供まで作ってしまった相手を、捨てられるはずもない。カイナッツォを縛るのはサヤだ。そして彼女が死んでも子供が残る。おそらく連鎖は長く、ほとんど永久に続くだろう。
 子がまた誰かと子を成し、果てのない営みを、生も死も大した意味を成さない魔物であるカイナッツォは見守ってゆかねばならない。このままでいけば、一人で。
「ではその子は、呪縛か」
 己が見捨てないための。そして、サヤが逝かぬための。
「……ま、自分で縛ってりゃ世話ねえよな」
 死して人の身を捨てた後ならば魔物と化すのに何の支障もない。彼女に人ならざる肉体を与える算段を、私に押し付けない辺りに奴なりの執着心も見えた。

 人間と私達とはその身に流れる時間さえ違う。今はまだ先の話だと言えるが、いつか必ずその時が来る。直面するまでに心構えなどできはしない。気付いた時には、あいつに逃れる術もないだろう。
「オレがあいつのために生きてやってんだ、ならオレのために死ぐらい捨ててもらおうじゃねえか」
 しかしそれで縛られるのはどちらなのか。新たな生を刻むこともなくサヤは永久にカイナッツォのものだが、こいつもまた好き勝手に消え去ることが許されなくなる。まあ、互いに望んでそうしているようではあるが。ある意味では今と変わりないしな。
 長く生きると思いも寄らない体験をするものだ。人間と交わるだの人間のために生きるだの、昔なら考えられなかったことだが、今ではごく自然にそれを受け入れている。
「なんだてめぇ、人恋しくなってんのかよ。どこぞで女でも捕まえてきたらどうだ? まあ無理だろうがなぁ」
 同じ道を歩みたいとは微塵も思わない。それでも飽きるほど長い未来に道連れを手に入れたカイナッツォが少し羨ましかった。そんな思いとは全く関係ないが人間に化けてさえいればこいつを殺すなど造作もないな。
「ッてぇな! 無表情で魔道書投げんじゃねえ!!」
「……死ぬ前に呪いの一つもかけておかねばすぐに腐り落ちて使い物にならなくなる」
「あ?」
「命を失った体は存外脆いぞ。甦らせても魔法がかかりきっていなければすぐにそこいらのゾンビと変わらなくなる」
 人間のようだったカイナッツォの顔色が蒼白に変わった。さすがにあいつの肉体が腐ってゆくのは耐えられんようだ。……私はべつに、構わんがな。
「お前が配下を増やすようなやり方じゃ駄目なのか?」
「あれは数だけを揃えるための簡易的なものだ。個人の意思など戻らない」
「じゃあどうすりゃいいんだよ」
 誰かでは意味がない。サヤでなければならない。……ゴルベーザ様への忠誠をそれに代えることはできるが、その後のことはやはりまだ見えなかった。私にもいずれ手に入るのだろうか。
「おいスカルミリョーネ! 聞いてんのか?」
「己で見つけようと魔道書を開いたんだろう。まあ見つかるとは思えんがな」
「喧嘩売ってんのかよ」
「今頃理解したのか低脳。サヤを真っ当に甦らせる術、教えてほしくば床に額でも擦りつけて請うてみせろ」
「ぐっ……誰がてめぇなんぞに……ゴルベーザ様にでも縋りゃいい話だ!」
 あの方とて分かるまい。生死の超越は人間にとって禁忌なのだから。尤も、魔物の中に策を求めたところで辿り着くのは不死の王たる私のもとだが。

 共有と言えば聞こえは悪いが、正直なところそういうものだと思っていた。不本意ながら当初は嫉妬に荒れ狂ったものだ。なぜこいつなのかと。ゴルベーザ様でもなくバルバリシアですらなく、なぜ。
 しかしサヤを得て弱くなったカイナッツォを見ていると、不愉快な気持ちも消えてゆく。
「貴様を足蹴にするのは楽しいな」
「オレがいつ足蹴にされたってんだよ」
「近い内に」
「ケッ! 生憎だな、お前にだけは頼らねえよ!!」
 奴らが縛り合うのも刻み込むのも、所詮私にとっては他人事だ。傍観者にしかなれずとも……ああ、今となってはもう、いっそ気分がいいな。

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