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鼓動


 館の中では忙しく立ち働いている気配がするのに、騒がしい奴らが揃って大人しくしてるせいか、今日のミシディアは妙に静かだ。
 近々だとは聞いてたが、まさか俺が様子を見に来たこのタイミングで始まるとは思ってもみなかった。落ち着かない。横で平然としているカイナッツォを見ると余計に不安が募る。冷静さ、って言うのか? これは。
「……お前、ちゃんと分かってるのか」
「あぁ? 何がだよ」
「今この中で生まれようとしてるの、お前の子供なんだぞ」
 みっともなくうろたえろとは言わないが、何故そんなに落ち着いてるんだ。それが無責任さの現れなら殺すぞ、本気で。……ここにきてそれはないとは思うが。

「実感ねえなあ」
「なっ……」
「オレの子だとかどうとかより、サヤの子だろう。それで充分じゃねえか」
 なんてこともなく返された言葉に少し衝撃を受けた。いくら人に近付いたところで魔物は魔物だ、開いた距離は埋まることなどない。これでサヤが人生経験の豊富な頼りがいのある人間だったらまだいいが、そうじゃないしな。
 ……しかしなんで俺が心配しなきゃならないんだ、これはゴルベーザの役目だろう。
「そういえば、ゴルベーザはどこにいるんだ?」
「心配しながら待ってんのが怖いからスリプルかけて寝とくそうだ」
「なんて駄目な親父なんだ……」
 気持ちは分からないでもないが、ここはそばで見守っていてやれよ。

 サヤはどうしているだろう。ポロム達がついてはいるが、肝心のカイナッツォはここにいるし、ゴルベーザも四天王も目の届かないところにいて、心細くはないだろうか。
 俺には何もしてやれない。ただここでオロオロしているだけだ。……セオドアが生まれた時にはセシルもこんな気持ちを味わったんだろうな。だがなぜ父親の不安を俺が感じているんだ!
「……全然、不安にならないのか」
「オレが生むわけじゃねえしなあ」
「そりゃそうだが……、サヤの無事とかさ」
「今のところ死んじゃいねえよ」
「だから、そう極端な話じゃなくてだな」
 続ければ続けるほどカイナッツォは欝陶しそうな表情になった。まあ、そんな人間らしい曖昧な不安なんて魔物には分からないだろう。こいつはこいつなりにサヤを見守ってもいるんだろうし。……多分。

 解消しようのない不安を抱えて、刻一刻とその瞬間が近付いてくる。あいつは、俺よりもっと大きな重圧を一人で受け止めているのか。不意に館内の空気が変わって、カイナッツォが俺に目配せしてきた。
「生まれたのか?」
「らしいな。お前行って様子見てこい」
「な、なんで俺が?」
 命令するなよ、普通に従いそうになったじゃないか。もう同僚でなければ上下関係だってないんだからな。
「お前やっぱり緊張してるんじゃないのか」
 最初に対面する時ってのは精神的にも強張るものらしいからな。どんな顔をすればいいのか、どんな言葉をかけていいのか分からなくて実際自分がどんな風だったのか覚えてない……と、ある男が惚気ていた。
 お前もそうじゃないのかと、そう尋ねればカイナッツォは、いくらか動揺しつつも顔をしかめて否定した。
「あのなあ。生まれたのが普通の人間だった場合、不用意に近寄れんだろ」
「あ、ああ……」
 こいつみたいな毒気の強いのが近寄れば、赤子はそれだけで死にかねない。一応いろいろと考えてはいるようだ。もしかすると他の四天王がこの場にいないのも同じ理由なのか。
「しかしなぁ」
「いいからさっさと行ってこいよ使い走り」
「誰が使い走りだ!」
「じゃあ元使い走り」
「だ……」
 くそ、言い返せん。前々から思ってたんだが、こいつら全員俺になら面倒を押し付けても構わないとか考えてないか。
 嫌々ながらもカイナッツォに後押しされ、祈りの館へ向かって一歩踏み出した。
「……本当に、最初に見なくていいのか?」
「ああ。オレの代わりに行ってこい」
「とりあえずどうして半笑いなのか聞かせてくれ」
「気にするな」
 気になる! というか嫌な予感しかしないぞ!

 サヤは白魔道士の部屋に寝かされていた。生まれた子供は見当たらず一瞬ひやりとしたが、ポロムもいないな。寝そべるサヤの表情からして最悪の事態には陥らなかったようだが。……母体と離していいのか? 魔物の血が混じってるから、そう神経質になることじゃないのか。
「元気、か」
 口にしてからその言葉の間抜けさに気付いたがどうしようもない。俺に気付いて視線を上げ、その目が潤んだ。泣きそうになっているらしい。
「よく頑張ったな」
「カイン……」
 汗ばんだ額から前髪を払って、そっと頭を撫でてやる。俺の手に自分の手を重ねてサヤはぽろぽろと涙を零し、小さく呟いた。
「負けちゃったよ……、後で5000ギル貸して」
「……は?」
「卵で生まれるか人間で生まれるか、賭けていたんですって」
 振り返ると、赤子を抱いたポロムが部屋に入ってきたところだった。タオルに包まれた子供をサヤへと手渡して、そのまま隣に座り込む。
「普通の、人間の赤ん坊と同じだな」
 驚いた。魔物との子供だし、しかも父親があれだし、想像のうえではいろんな姿が駆け巡ったものだ。だが実際に生まれたのは何の変哲もない人間の子、に見える。
「面白味ないねー、お前」
 そう言いつつも嬉しそうな顔で、サヤが自分の上に寝かせた子供の頬をつついた。にしたって、賭けるか普通。俺が思うほど不安なんて感じてなかったんだろうか。ホッとしたような腹が立つような。

 少し疲れているようだが、血色もいいし元気に話している。子供の方も安定しているように見えた。拍子抜けするほどあっさりと、サヤの出産は終わったようだ。
「くそー、やっぱりわたし、乗せられたんだ」
「そんな不真面目なことするからよ」
「カイナッツォが自信満々で『人間で出てくる』って言うからつい」
「あいつも賭けたのかよ」
 あの微妙な笑いは勝利を確信したからか。ああもう、なんか気の抜ける奴らだな。心配した俺が阿呆のようじゃないか。
「でも、それじゃあこの子は人間なのかしら? カイナッツォとは血が繋がっていない?」
 心なしか嬉しそうにポロムが言う。よくよく見れば子供はサヤに似たところがあって、逆にカイナッツォには似たところがないとか言う以前に魔物らしい気配が全くない。しかしサヤは首を振りつつ答えた。
「人間ぽいのは見た目だけだと思う。たぶんね」
「これから父親に似てくるの?」
「有り得なくはないんじゃないかな」
「……」
「そんな嫌そうにされても」
 モンスターって存在は、環境に合わせて己を変えることに長けている。同じ種族なのに棲んでいる場所で属性から異なるほどだ。それも、永い時をかけた進化ではなく簡素な変化で自分の肉体を変えてしまう。
 四天王ほどの力があれば、魔物の本質までも変えてしまえるのだろうか。ましてカイナッツォは、変化を得意としているぐらいだ。サヤが望むから子が成されたのなら、サヤのために己を変質させることだってできるんじゃないのか? その結果がこの子だとしたら。
 それとも、こちらに馴染んだ結果、彼女の方が性質を変えたのかもしれない。いずれにせよ先が見えなくて不安だ。まあ、当人達が楽観的なのが、ある意味救いだが。

「……なーんか、実感わかないなぁ」
 何気なくカイナッツォと同じことを呟いたサヤに、やっぱり影響受けてるよなぁと改めて思う。
「もっと大変なことだと思ってたけど」
「楽に済んでよかったじゃない」
「でも達成感が……、これじゃ誕生なんだか発生なんだか」
 一体どんな生まれ方をしたんだ。気になるが聞くのも怖いな。俺は出産になんか立ち会ったことがないから分からんが、館の白魔道士が総出であれだけ慌ただしくしていたんだから、簡単に済んだわけでもないだろう。それでも彼女にとっては呆気ない出来事だったようだ。
「あっちの世界じゃ、もっと一大事だったはずだけどなぁ〜……」
「でもそう大きくは違わないでしょう?」
「すっごい違うと思うよ。まず直後のケアルシャワーからして違いすぎるよ。わたしもう元気いっぱいだしさ」
 そういえばあちらの世界には魔法がないんだったか。魔道士のバックアップもなしに生むのなら、それは相当に不安なことだろう。差異があるからこそサヤも呑気に構えていられたのかもしれんな。
 なんだかんだ言って生まれる子供も魔物の血が半分流れているなら、ただの人間よりも強いのは確かだろうし。

「そうだ、お前も子供も平気そうならカイナッツォを呼んでくるか?」
 ゴルベーザもたたき起こした方がいいだろうか。奴の場合はここへ到ってもまだ緊張して何かやらかしそうなのが不安だが。ああ、ゴルベーザとバルバリシアは呼ばない方がいいかもな……。
「しっかり防衛能力もあるようだし、魔物が近くにいても大丈夫だと思いますわ」
「そうか。……で、お前は? 呼んでいいのか」
 しばらく考えてから、サヤは曖昧に笑って窓の方を見る。不意にカイナッツォの、全て彼女へ預けてしまったような言葉が蘇って不安になった。
 いや、どうせくだらないことを考えてるに決まってる。今更……そう、俺は不安になってしまうがこいつらにとっては、今更お互いに不安など抱かないんだろう。
 傍らに座って見つめていたポロムが一つ溜め息をつき、そして呟いた。
「負けたお金を払うのが嫌なのね」
「えへ……」
「呼んで来るからな!」

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