─back to menu─

墓標


 和解は成った、って言えるんだろうか? 家出を敢行したゴルベーザさんに、カイナッツォさんはもちろんサヤさんも怒らなかった。それがまた伯父さんを追い詰めているようだけれど、何の事件もなかったように彼はミシディアに戻り、サヤさんもいつも通りだ。
 二人の仲を、茶化しはしても真剣に反対している人はいない……けどカイナッツォさんなら当たっても大丈夫そうだから、それが問題なんだろうなぁ。

「それは、何なんですか?」
「セシルからの贈り物だ」
 先程から手持ち無沙汰に弄っていた包みを解いて、中から現れた物騒な光を僕に見せてくれる。これは……、ツキノワ達が使ってる武具だ。
「手裏剣99個入りが5セット。バラ売りが5つ」
「はあ」
 父さん……端数が気に入らなかったのかな。わざわざバラで買い足すことないのに。でも贈り物って?
「こういう細々しい武器は苦手なのだが、存分に使えと言われたからな。……セシルの意図も、正確に理解できる」
「使うって、えーっと、それはつまり」
 八つ当たりですか。伯父さんの力でまともに戦えば、いくらカイナッツォさんでも危ないだろうし。間違っても殺すわけにもいかない、だけどただ許すのは腹立たしい。大変、だなぁ。
 サヤさんの妊娠は、けっこう多方面に影響を与えていた。カインさんも聞いた時は唖然としていたし。それでも大半は、人間と魔物の間に子供ができたことへの単純な驚きだけれど。
「私が許すの許さないのと言える問題ではないのは分かっているんだ……、だが!」
 近くにいる人には、違う衝撃があるのだろうとは思う。

 父さんには父さんの家族がある。僕や母さんと伯父さん、大切さを比べることなんてもちろんできないだろうけど、伯父さんから見ればやっぱり自分は外の人間なのだろう。
 世界中の人間全てに罪悪感を抱く彼には、言葉は悪いけれど、サヤさんの存在は「丁度良い」ものだったんだ。ただ一人、彼のために存在している人間はサヤさんだけ。
 早く自分の恋人を見つけてしまえばいいのに、ってきっと彼女も思ってるんだろうけど。
 カイナッツォさんの方はきっといろいろと分かっているから八つ当たりしていいとしても、自分の心苦しさはどうにもならない。
 サヤさんが好きな相手と結ばれて幸せになることは嬉しくても、子供ってことになると話は別だ。新たに家族ができてしまえば、彼女の一番は伯父さんではなくなる。……正直、僕だって少し寂しいくらいだから、この人の心細さは一体どれほどのものだろう?

「……カイナッツォ、ここへ」
 静かに虚空へ呼びかける。一瞬と待たずに何も無い空間からカイナッツォさんが現れて、無言で主君を見つめ返した。全身に緊張が漲っていて、高く積み上げられた手裏剣を見なくたって何が起きるか分かっているみたいだ。
「避けたら怒るぞ」
「り、理不尽な……ッ痛ええええ!!」
 微かに動いたかな、と思う隙にカイナッツォさんから悲鳴があがり、見ればその眉間に手裏剣が刺さっていた。全く見えなかった。いつ構えて、投げたのか……。
 伯父さんの瞳がすっと閉じられ、空気が張り詰めた。
「──行くぞ」
 目にも留まらぬ攻防の中、カイナッツォさんはいくつかの攻撃を弾いているみたいだった。僕は言葉もなくおろおろと見守り、不発に終わって床に落ちた手裏剣が、硬い音を立てて転がるだけ。

 間断なく飛んでくる刃が一瞬途切れたのを見逃さず、カイナッツォさんの周囲に水のバリアが広がった。戦った時には僕らも散々苦労させられた津波の前触れを、今は防御に使ってるんだ。
「ご、ゴルベーザ様……」
「音をあげるか? しかし無駄だ」
 瀕死の配下の声にも無慈悲に微笑んで(僕もこういう笑顔は見たくないなぁ)さらに手裏剣を構える伯父さんに、所々手裏剣の刺さったカイナッツォさんが引き攣った顔で返す。
「あと何投でしょうか?」
「417……」
 そう言いつつまた腕を振るい、無敵の防波堤であるはずの水壁が揺れる。水面で勢いを殺されながらもいくつかは体のすぐ近くまで届いていて、いつも青い顔が今日はさらに青白く見えた。
「……これで残り400だ」
 やっぱり端数が気に入らないんですね。
 それにしてもこの早さで100投だなんて、どれほどの勢いでダメージを受けているんだろう? 避けるなという命令を忠実に守ってカイナッツォさんは動かない、けどもうかなり泣きそうだ。
 四天王に数えられた彼なら、ただの手裏剣による攻撃なんてどうってことないだろう。だけどそれも、伯父さんほどの力で続けざまに叩き込まれたらたまったものじゃない。
「その水が邪魔だな」
 あくまでも冷静に、簡素な呪文が紡がれる。これは、サンダー? だけど発動はしていない。
 傍らに積み上げた手裏剣の山を一撫でして、不敵に笑う。かつて黒い甲冑と恐れられたその人を、見た気がした。

「次は止めぬ」
「ハ、ハハハ……勘弁してください」
「問答無用だ」
「だあああっ、避けんと死ぬだろ畜生!」
 叫ぶや否やカイナッツォさんが甲羅に引っ込んだ。一瞬遅れて飛来した手裏剣が火花を発して水のバリアを打ち消した。
「あ……サンダー?」
 これも魔法剣って言うのかな。自分の手を離れていくものにさえこんなに自在に魔法をかけられるなんて、やっぱりすごい魔導師なんだ。いや、感心してる場合じゃないけど。
 再開された攻撃は、もう手元も全然見えない。絶え間無くカンカンと手裏剣を弾く甲羅の中から、「ひび割れる!」とかって悲壮な声が聞こえた気がした。
 と、止めるべきなのかな? でも早過ぎて割り込めない。それに僕だって怖い。サヤさんを、……呼んでも面白がって助けてくれなそうだ。何か彼女を動かすものがあれば、ああ、もしかしてあのカレー粉はそういうアイテムだったのかな!?

 咄嗟に台所へ駆け込む。頻繁に置き場所を変えるらしくて少し苦労しつつ、なんとか見つけ出したそれを掴んで家を飛び出した。幸いにもすぐ近くにいた彼女に向かって掲げ、叫ぶ。
「サヤさん! このカレーを返して欲しければカイナッツォさんを助けてください!」
「……や、そんなことしなくてもセオドアの頼みなら聞くよ?」
 悠長な彼女の手を引っ張って、殺気の立ち込める家へと駆け戻る。だけど、もう遅かった。部屋にいたのはそこそこに満足そうな表情の伯父さんと、巨大なソードラットのようになったカイナッツォさん? だった。
 伯父さん! 投げるの、早すぎです。しかもあの頑丈な甲羅にこれだけ刺さるなんて、どんな力なんですか。
「なにこれ」
 呆れ果てた彼女の声に、振り返った伯父さんが青褪めて口篭った。甲羅からは何の反応もない。……えっと、ケアルとレイズどっちがいいかな。

「ねえセオドア、とりあえずカレー返してね」
「そっちが先なんですか?」
 のほほんと僕の手からスパイスのつまった瓶を奪い取り、彼女はそのまま台所へ消えた。まず他にかけるべき言葉があるのでは! と伸ばした手は届かず、何も言えずにじっと手を見る。
「……」
 何とも言えない空気に困って伯父さんを見たら、すごい勢いでカイナッツォさんに刺さった手裏剣を引き抜いていた。……証拠隠滅しようとしている?
「大丈夫……か?」
 恐る恐るといった風に尋ねた声に、甲羅の中からくぐもった返事が響く。
「まあ、一応は大丈夫です」
「……すまないな」
 サヤさんが台所から戻る頃には、表皮にあった傷はあらかた治っていた。甲羅に隠れながら回復してるらしい。
 所在なげに手を組んで、伯父さんが彼女を見つめる。サヤさんはとくに何も言わずにカイナッツォさんに近づくと、家出した伯父さんを迎えに来た時のように笑った。
「わたしのお墓の隣は、ゴルベーザの分だからね」

「……墓?」
 突然の話題に僕も彼も首を傾げる。死骸みたいになってしまった甲羅が隣にあるから、なんだか不吉に聞こえる台詞だ。
「探したあと、見つからなくても、ゴルベーザの眠る場所はちゃんとあるよ」
「……お前の墓の隣は、お前の家族の場所だろう」
「うん。だからゴルベーザの分」
 そう言いながら彼女は床に散らばる手裏剣を集め始めた。セット価格なんて言ってツキノワにでも売る気かもしれない。
 ……僕らの入る墓は、王宮にある。伯父さんはそこへは葬られないだろう。父さんや僕がどんなに強く望んでも、ゴルベーザさんはそこへは入らないんだろう。
 子供ができて自分の家族ができてもサヤさんはその場所を空けている。そして多分、そこだけが彼の眠れる場所なんだ。償いも後悔もなく、罪を忘れて眠りにつける異世界の……。

「ちょっとはスッキリした? わたしは当たられたら死んじゃうけど、カイナッツォはいつでもどうぞってさ!」
「勝手なこと言うんじゃねえよ」
「でも抵抗しなかったんでしょ。あー、今度は抵抗したら? 殴り合った方が気分転換になるかも」
 そんな大規模な喧嘩、ミシディアが危険な気がするんですけど。でも、伯父さんの表情が少し変わった。元々受け入れていないわけじゃないんだから、自分の居場所を示されたなら何も怖くなんかないはずだ。
 これから少しくらいは距離ができるだろう。そのどうしようもなさは変わらない。でも、何かが劇的に変わるわけじゃない。
「……そうだな。次からは戦うか、カイナッツォ」
「やれと言われて歯向かえるもんじゃないんですがね」
 大切な家族が手の届かないところへ行ってしまう悲しみ。別離ではないのに、それでも寂しい。父さんの時には本当に遠すぎて味わえなかったそれを、いっそのこと。
 憎しみさえ楽しめばいい。だってその醜さは、相手が大切だから生まれるものだ。例え理不尽な怒りを向けられても、それが彼のものなら二人とも受け止めてくれるだろう。
 そしてどれだけ離れても、帰る場所は同じところにある。サヤさんに子供がいなくても、想う相手が違う誰かでも、例え他の人間だとしても、そこはゴルベーザさんだけの場所だ。

23/26
[←*] | [#→]


[menu]


dream coupling index


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -