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裏切り


 目の前の光景に、開いた口が塞がらなかった。一瞬は幻覚かと疑ったが、いつまでも覚める気配のないこれはやはり現実なんだろう。
 サヤがスカルミリョーネに懐いている。まあ、いつも通りだな。……これだけならば。
「セオドア」
「はい? どうしたんですか、カインさん」
 同じものを見ているはずのセオドアは、何も気にすることなくサヤの出したカレーライスを食べている。しかしカレーライスってこういう物だったんだな。あの頃ゴルベーザが作っていたアレは何だったんだ。掛け離れすぎだろ。
 いや、そんなことはどうでもいいんだ。
「あれは一体、何だ?」
 俺の指し示した方を見遣り、まだ分からないと言いたげにセオドアが首を傾げた。なぜあの光景に疑問を感じないんだ。異様だろう。サヤがスカルミリョーネに懐き、奴もそれを受け入れているなんて。それどころか、笑顔らしきものさえ浮かべてあいつを抱きしめているなんて!

「スカルミリョーネはあれか、何か悪いものでも食ったのか? アンデッドへの見舞いは何をやればいいんだ?」
 回復薬の類では嫌がらせになりそうだな。まあ何を贈ってみても返ってくるのは厭味だろうが。
「えっと、何もおかしくはないと思いますけど」
「おかしいだろ、どう見ても。あいつらはどうしてあんな……」
 形容する言葉が見つからなかった。サヤがスカルミリョーネに付き纏うのは、まあ俺が実際に何度も見たわけではないが、愚痴やら噂やら聞かされていたから納得できる。しかしあくまでも彼女による一方的なコミュニケーションだったはずだ。
 全身から好意を滲ませて擦り寄ってくるサヤを、迷惑そうにあしらうでもなく、むしろ歓迎するように応えるスカルミリョーネ。……お前誰だよってレベルの違和感だぞ。あれではまるで、あの二人──
「あの二人、お付き合いを始めたらしいですから。今はいちゃつきたい時期なのでは?」
 お付き合い……いちゃつき……?
「ぶほっ、ゲホッ」
「わっ、カ、カインさん!」
 遅れて飲み込んだ言葉に咽喉が拒絶反応を起こした。口に入れたばかりの煮崩れかけたジャガイモがセオドアの皿に飛び、強い非難の視線が向けられる。
「もう、入っちゃったじゃないですか。この辺は食べて下さい!」
「す、すまん」
 俺の噴き出したジャガイモを周囲の飯ごと返品しつつ、ついでに自分の嫌いなニンジンをさりげなく押し付けてくる辺り、強かになったなセオドア。

「……あー、誰と誰が付き合ってるって」
「サヤさんとスカルミリョーネさんです」
 こういう冗談を言う奴ではないよな。……冗談であってほしいんだが。
「ついこの間まで、今までと変わりなかったぞ?」
 目を逸らして戻せば何事もなかったかのように過去に戻っているかもしれない。そう一縷の望みをかけて見遣った先には、やはり目もあてられない大惨事が繰り広げられていた。
 二人して上機嫌に腕を組んで、そう正しく、さっきは思い浮かびもしなかったがイチャついている。全くもって似合わない。やめた方がいい。余計な世話かもしれんが今すぐスカルミリョーネの肩を掴んで「正気に戻れ!」と言いたくなる。
「……サヤの好みと掛け離れすぎだろ」
 年下でもないし体格は良すぎだしそもそも人間ですらない。一応性別は男に分類されるんだろうがアンデッドの生態についてそう安易な判断をしていいものだろうか。家族や故郷から離れると決めて、見つけた相手が魔物? 俺があいつの親兄弟なら壁に頭ぶつけて死んでるぞ。
「なんであいつなんだ」
 何だか急に重くなった気がする肩に手をやり呟くと、セオドアは愚問とばかりに俺を一瞥した。
「サヤさんはずっと前から好きだったみたいですよ。たぶん、お互いにだとは思いますけど」
 しかし今までそんなそぶりはなかったじゃないか。スカルミリョーネに対する好意は知っていたが、それはゴルベーザや他の四天王に向けるものと同種だったはずだ。隠し通してたって言うのか? それとも。
「叶うわけがないと思って諦めてたんですよ。……たぶん、お互いに」
 阿呆じゃないか。諦められるほどのものなら、なんで今更。いや、これは嫉妬か?

 サヤは人間の少女で、スカルミリョーネは不死の魔物だ。彼女は異世界より来て一度そちらの世界に還り、奴は死の世界に堕ちて這い上がってきた。違いすぎる。どこに結ばれる要素がある。どこに、恋に落ちる要素がある?
 ああ、違うな。あいつら、それで幸せになれるのか。俺にはとても分からない。
「……納得できん」
 セオドアとくっつけようとかいう動きもあった。こいつにも、まあいろいろあるから俺は乗っていないが。サヤも王族なんて柄じゃないだろうしな。
 身近な誰かでなくてもいい。ここで、ゴルベーザや四天王に見守られ、普通に生きていくのだと思っていた。それを望んでいるのだと。……魔物との恋愛? なぜまたそんな険しい道を選ぶんだ。しかもよりによってアレか!?
「……俺は納得できん」
「でもサヤさん、ものすごく嬉しそうですよね」
 そりゃそうだろう。あのスカルミリョーネが自分だけに気持ちの悪い態度をとっていれば、異性なら何かしら満足感も得るだろう。
 だが今だけじゃないのか。あの無愛想の塊みたいな奴がそう簡単に変わるか。最悪、サヤをからかって弄んでいるなんて可能性もある。奴がそこまで性悪だとも思わんが、全く有り得ないことでもない。
「あいつがそんなに信頼できる男だと思うか?」
「でも、選ぶのは本人ですし」
「あいつがそんなに見る目のある女だと思うか!?」
「……カインさん」
 何だその目は、俺はひがんでいるわけじゃないぞ。サヤの将来のことを考えてだな、恋人がアンデッドモンスターだなんて未来に希望も何もないだろ。
 それに第一、あの光景。異常なまでの違和感。……らしくないだろう。気持ち悪いだろう!

 はにかみながら「手、繋いでもいい?」とか「それもいいが私の膝に乗れ」とか「わたしの体温、不快じゃない?」とか「お前に不快な箇所など一つもない」とか「もう、ばか……」とか、あああ見てられん欝陶しい!!
 お前達、自分が何を口走ってどんな空気を撒き散らしてるか分かってるのか!? あとでこっ恥ずかしい思いに悶え転げ回るのは自分だぞ!
「……頭が痛くなってきた」
「きっと疲れてるんですよ。ビタミンを摂って下さいね」
 そう言いつつニンジンを寄越すのは気遣いなのか、なあセオドア。
 あいつら二人とも、我をなくすほどのめり込んでるように見える。明らかに自分らしくないことをしている。無理が祟ればどこかでひび割れが生じるだろう。ずっと好きだったと言うなら尚更、二人の世界に閉じ篭るのは危険じゃないか?
「カインさん、チョコボに蹴られますよ」
「……別に個人的な不満で邪魔してやろうと思ってるわけじゃないぞ。ほら、いくら恋人同士になったにしてもサヤがスカルミリョーネに掛かり切りではゴルベーザやバルバリシアだって寂しいだろうしな」
「お二人とも喜んでるみたいですけど」
「何……だと……?」
 馬鹿な。ゴルベーザはまだしも、あのバルバリシアが? サヤがスカルミリョーネを想うのはそんなにも当たり前のことなのか?
「……邪魔するの、無理だと思いますよ。僕もちょっと寂しいけど、あれには割り込めません」
 俺は絶対に認めないぞ。朝っぱらからべったりスカルミリョーネにくっついて、セオドアが訪ねて来たってのに食事だけ出して放置。有り得ないだろう! この間までなら嬉しそうに駆け寄って来てあれこれくだらん話で盛り上がってたくせに!
 友情よりも恋の方が大事なのか。お前だけはと思っていたのに……!

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