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作戦A


 名案が浮かんだとカイナッツォに呼び出された。案というとやはりこのところ問題の、あの二人のことだろうか。
 最近は皆で躍起になりよってたかってサヤに「好き」と言わせようとしていたが、いずれの策も成功したとは言い難い。やればやるほど彼女もむきになっている気がする。
 農具を見せて「これは何か」と問い掛け、「スキだよ」と言わせた時には見かけだけは成功したのだが……。当事者二人を含めた全員が何とも言えない虚しさに襲われた。
「本人が無理だと言ってんなら諦めるしかねえだろう」
「しかしな……」
 カイナッツォは事もなげに言うが、それで済む話ならば誰も最初から苦労はしていない。想いが通じ合ったなら尚更、彼女がそれを口に出しゴルベーザ様に喜んで頂きたいじゃないか。
 そもそも他の人間にならば言えるというのがまた理不尽に感じてしまう原因だ。一番言うべき相手にのみ言えないとは、厄介なことだな。

「オレ達は難しく考えすぎなんだよ。逆に行きゃいいんじゃねえか?」
「どういう意味だ」
「こんなもんを手に入れてきた」
 そう言いつつ放り投げられた小さな瓶を受け取る。もしや惚れ薬の類だろうか? しかしそれでは意味がない。私達はサヤの本心を言葉にさせたいのだから。
「考えたことの逆の言葉が出てくる薬だ」
「……なぜ逆なんだ?」
「まあいいからゴルベーザ様のとこに連れて行けよ。奴にはもう飲ませてある」
「わ、私が行くのか!?」
「オレはやることはやった。何のためにてめえを呼んだと思ってんだ」
 面倒事を押し付けるためか。一番ややこしい事態を招く部分だけ丸投げされた気がするのだが?
 用は済んだとばかりに立ち去るカイナッツォを呆然と見送り、掌中に残された薬を見詰める。意思とは逆、ならばつまり「私を好きか」と問えば「嫌いだ」と答えるのだろう。それでどうして喜べるんだ。

 まあ、既に飲ませてしまったというなら仕方ない。試すだけは試してみるかと踵を返しかけたところ、玄関の扉が勢いよく開いた。
「なんかわたしいつも通り何も問題ないよ!!」
「……サヤ?」
「あ、ルビカンテ……カイナッツォが目の前にいる」
「いや、いないぞ」
「そうだよそう言いたかったんだよ!」
 何を言っているんだこの娘は。大丈夫か。……ああそうか、思ったことと逆、だったな。
「カイナッツォならいない。薬を飲ませられたのだな?」
「ううん、飲んでないよ。言いたいことばっかりちゃんと言えるの」
 言いたくもないことばかり勝手に口走ってしまう、といったところか。同時に翻訳して考えなければならないな。
「ゴルベーザ様のところへ行ってみよう。戻す方法をご存知かもしれない」
「こんな状態でゴルベーザと話すのはすごくいいね、あああもう!」
 なるほど、これはカイナッツォでなくとも面倒臭いな。サヤ自身も相当なストレスを感じているようだ。訳の分からないことをぶつぶつ呟きながら頭を抱えて悶えている。
 これはやはり失敗だろう……。どうせなら思ったことをそのまま素直に口走ってしまう効果であれば良かったのに、どうしてこう捻くれたやり方を取ったのだろうか。奴の考えることはよく分からない。

「……それで私にどうしろと言うのだ」
「どうせ何もできないくせに。役立たずなんだから何もしなくていいよ」
 即座に走り去ろうとしたゴルベーザ様に、ブンブンと首を振りながらサヤが縋り付いた。頼りに思っているから助けてくれ、だな。いや、これは分かっていても傷付くだろう。
「ゴルベーザ様、逆です」
「そ、そうか。そうだったな」
 普段から本音を口に出さない彼女。今は、話す言葉全てが意思とは逆になっている──この状況をどう役立てろと言うのだろうか。
「サヤの好意を確かめられるという話でしたが」
「しかし何かを問えば否定的な答えが返されるのだろう。正直、私は嬉しくないぞ」
 それは私も考えた。愛情を感じられる言葉を聞きたいのに、真逆の答えに何の価値があるのか。ゴルベーザ様の怪訝そうな表情を見遣り、サヤの体がびくりと震えた。
「そ、そんなやり方で言わせるなんて正々堂々だよ。わたしゴルベーザのことなんて大っ嫌いだし! 今すぐ死ねばいいのに! 一瞬たりとも近寄らないでよ」
「……本当に逆なのか?」
「……そのはずですが」
 涙目になりつつあるゴルベーザ様をよそに、サヤが慌てて口を押さえた。本音ではないのに彼女の方がここまで焦っているのは少々意外だ。違うと分かっていても嫌いだと言われれば辛いものだが、暴言を吐くまいと努力する彼女の姿を喜べということか? あまりに遠回りなように思える。

 不意にゴルベーザ様が何かを考え込み、しばらくして今一度それを尋ねた。
「……私のことをどう思う?」
「死ぬほど大っっ嫌い!!」
 なぜか今度はサヤの方が顔を真っ赤にして泣きそうになる。ゴルベーザ様は傷付いたそぶりもなく、眉間に皺を寄せ何事か思い耽っていた。
「妙だな。お前は自分が意思とは異なる言葉を口走ってしまうと分かっているのだろう」
 問い掛けにサヤが青褪めた。どうしたというのだろうか。ゴルベーザ様は私には分からぬ何かを掴んだようだ。
「分かっているならば、わざと逆の言葉を思い浮かべようとしないか?」
 彼女ではなく、私に問いかける。……嫌いと答えれば本音は好きなのだと知られるが、それと自覚していれば逆手にとることもできるはずだ。
「故意に『嫌い』と思い浮かべれば……」
 出てくる言葉は「好き」となり嘘となる。本音を口に出さずにいられる。しかし実際には彼女は嫌いだと即答し、自分の言葉に赤くなり青くなりを繰り返していた。これが何を意味しているのか。

「ぜ、全部ホントだもん。わたしゴルベーザのこと嫌いだから、すごくカッコ悪いし魅力ないし何とも思ってないし、世界で一番、大ッきら……」
 途中で愕然とした彼女が言葉を止めたのは、思考ごと停止したのだろうか? 先程とは打って変わって笑顔になったゴルベーザ様を見て、私にもようやく分かってきた。
「全てが真逆になって返される……意図して言葉を操ることはできぬのか」
 漏れ出た言葉が嘘でもそうでなくても、追い詰められるのはサヤの方だ。そこから本音をはかることなど容易なのだから。まして薬の効果を操り意思を曲げて伝えることが叶わないなら、ゴルベーザ様は普段よりも余程素直な気持ちを聞ける。
「言えば、全部言えばいいん、むぐぐ……、」
 必死で己の口を塞ぎ、走って逃げ出そうとしたサヤをすかさず捕まる。黙することこそが彼女の勝利であるにもかかわらず、彼女の口は休まず動き続けていた。
「離さないでよわたしずっとここにいてホントのこと言うから!」
「そうか、黙っていられないんだな?」
 難しく考えすぎか、なるほど。「考えたことの逆の言葉が出てくる」……つまり、考えてしまった時点で彼女に心を隠す術はない。好きだと頭に浮かべた瞬間、サヤはそれをさらけ出すしかなくなる。

 言葉そのものは罵倒であっても結果としては無理やり素直にさせるのと同じことだ。
「世界と引き換えにするほど私が好きか」
「うううぅ、地獄に堕ちろぉぉ!!」
「……ルビカンテ、今のはどういう意味だろう」
「さあ、分かるような分からないような。まあ悪い意味では有り得ないでしょう」
 羞恥で死にそうになっているからな。
 ついでに、本当のことを言いたくないサヤにも救いは残されている。表向きには罵倒しているだけなのだ。好きだと、無理に言わされたのではない。逃げるための建前は用意してあるわけか。……参ったな。
「カイナッツォに褒美をやらねばならんな」
「全くです」
 いっそのこと、心地よい罵声に身を任せてしまえばいい。サヤの体面は守られるし、ゴルベーザ様は至福に浸ることができる。ああ、本当に素晴らしい。
「うぇぇん……カイナッツォの天才……感謝感謝です……」

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