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手合わせ


 今日をバレンタインデーにしよう。何となく、唐突にそう思い立ったから。
 こっちにはこっちのお祭り騒ぎがいろいろあるみたいだけど、わたしはまだそこまで馴染めてないし、少しくらいあっちの行事を持ち込んでもいいはずだ。わたしのすぐ近くくらいには!
 大体、最近のスカルミリョーネはおかしい。恥ずかしげもなく甘やかして来ようとするなんて、絶対に何か企んでるに違いない。普通に褒めてくれたり普通に言うこと聞いてくれたり普通に好きだとか言ってくれたり、わたしを殺す気なのかもしれない。保険金殺人の線も視野に入れといた方がいい。
 だからこっちからも攻撃を仕掛けなきゃいけないんだ!
 ……って具合に「一緒にやりませんか」とレオノーラさんを巻き込んでみたら、ものすごく不自然な笑顔で快諾してくれた。複数人分いっぺんに買ったおかげで材料代が安くなって嬉しかった。
 彼女が想い人に贈ることができたのか。それは材料代出してもらいたかっただけのわたしにはどうでもいい事なので心の中でそっと応援するに留めて、例のブツを作るには邪魔な奴が一人いた。スカルミリョーネだ。

「あの、お願いがあるんだけど」
 背後を振り返ると、いつも通りの仏頂面がそこに。でも少しだけ機嫌良さそうに「何だ?」って聞き返してくれる。以前なら、黙りこくって先を促すだけだったのに。
「何をニヤニヤしている」
「え、うん、幸せだなぁって思って」
「そうか、良かったな。……で、頼みとは何だ」
 近頃お風呂とトイレ以外はほとんどずっと一緒にいる。セオドアにも「サヤさん、死臭がします」とか言われたけど、嬉しそうだったから祝福の言葉だと思う。そう、それ自体は喜ばしいんだけど。
「あのね、ちょっとの間だけ一人にしてほしいなあ、って」
 口に出してみて胸が痛んだ。ほんの少しでも離れるのは寂しい。もう二度と会えなかったらどうしようって怖くなる。ちょっとの距離を置くだけで、どこにも行かないでって我が儘を言いたくなった。

「……なぜ離れなければいけない」
「一人でやりたいことがあるんだよ」
「私が居てはできないのか」
 だってさ、一緒に作るってのもありだと思うよ? 皆への義理チョコも含めてならそれも楽しそう。でも今回は本命だけ、本当に大好きな相手にだけ作りたいんだ。その人のことだけ考えて作ったチョコレート、もしかしたら食べてもらえないかもしれないけど。
「……好きな人ができたから」
「な、何だと……!?」
「その人に想いを伝えるために、スカルミリョーネとは居られないんだよ」
 そこで攻撃的な反応に出られないところが甘っちょろいよねー。ホントはもっと信じてほしいし、でなくても「どこの馬の骨とも分からん奴に渡せるか!」って怒ってほしいな。……贅沢かぁ。
「ごめんね。だから、一人にして」
 サヤ、って一言だけ発して、スカルミリョーネはさらさらと風化した。うーん、打たれ弱い。でも今がチャンス、ゴルベーザに作ってもらった精神にダメージを与える毒薬を死体の上に置く。アンデッドはこれで復活できないんだってどっかの誰かが言ってた。
 起き上がってこないのを確認してから、家に向かって駆け出す。バカだなあ、本っ当にバカ。わたしが好きになるのなんて、後にも先にもスカルミリョーネ以外いるはずないじゃん!

 食べ物だからいらないって言われる可能性もある。まあ、受け取ってはくれるよね。もし万が一食べてもらえた時のために、スカルミリョーネの鈍い味覚にも届くほどに、でろっでろに甘くしてやる。
 台所中に広がる匂いに包まれて、なんだかすごく満たされてた。甘い食べ物は好きだ。その存在だけで幸せになれる。昨日も今日も明後日も、好きなだけ想いを伝えられる。こんなに幸福に満ち溢れてたこと、あったかなぁ。
 一人でニヤついて相当気持ち悪いのを自覚しつつ、誰も入って来ようとしない台所でひたすら完成を待つ。うー、じれったい。早くスカルミリョーネのとこに戻りたい。死体が誰かに見つかってたらどうしよう? 飲むチョコレートにすればよかった。でも熱いのは苦手だもんね。
 悶々として、耐え切れずにスカルミリョーネが無事に死んでるか確かめに行ったり帰ってきたり、うろうろしてる内に日が暮れてきた。固まったチョコを手にスカルミリョーネの元へ。
 ぐしゃぐしゃになったローブはさっき見た時のまま、上にピンク色の小瓶がちょこんと乗っかってる。それを退けて、崩れ落ちたスカルミリョーネをつっついた。

 残骸が寄り集まって形を成して、出来上がったスカルミリョーネが虚空に目を向ける。辺りを見回してわたしの姿を確認すると、一瞬だけ瞳が輝いて、また虚ろに戻った。
「……サヤ、お前は、もう」
 甦りたてで声音も弱々しい。こんな時でさえ可愛く思えてまた好きになる。
「はい、あげる」
 続くはずの無意味な言葉は無視して、包装の中からも甘い匂いを放ってるチョコを顔の前に突き出した。
「……何だこれは」
「チョコレート。どうにかなっちゃうくらい好きな人にあげる習慣があるんだよ」
「私に、か……?」
「想いを伝えに来ました」
 こんな仕返し、普段こっちが受けてる攻撃に比べたら全然甘いんだけど、スカルミリョーネが少し目を細めてわたしの手の平ごとチョコを受け取ったとき、急に気恥ずかしくなってきた。
「う、受け取って、くれる?」
「当たり前だ」
「食べてくれる?」
「そんな勿体ない事をするわけがなかろう」
 憮然として言われても、一応食べてもらいたくて作ったんだよ。ああでも、もったいないって理由は予想外だ。
「でも、生ものだし、食べた方が」
「死ぬまで取っておく」
 それってわたしが? スカルミリョーネが? どっちにしても、ほとんど一生と同義。

 わたしが詰め込んだ想いをずっとずっと持っててくれる気らしいスカルミリョーネは、掴んだわたしの手を睨み据えて言った。
「……どうにかなるほど好きな相手に? ならば何故さっさと渡しに来なかった」
 そのままぐいっと引き寄せられて、耳元に息がかかる。そういえば最近、匂いを感じないなぁって意識の遠くの方でぼんやり考えた。
「もう随分と前から、どうにかなっているだろうが」
「……」
 幸せが明日も続くのか心配する必要もない。いつだって、甘いのは好きだからだ。匂いは消えたんじゃなくて、当たり前に思えるくらいもう馴染んでるだけ。そこにいることも、好きだと想うことも、それを返してもらえることも。……幸せに目が眩んだ。
「おい、サヤ? どうした、急に倒れるな!」
 へたりこんで、チョコを持った手だけがスカルミリョーネに支えられてた。体温で溶けそうだった。

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