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 町の外で何をするでもなくぼんやりしていたら、昼頃に何かとてつもない決意を固めた顔でサヤがやって来た。しかし何も言わずに私の隣に座り込むと、そのまま黙りこくってしまった。数分黙ってじっとしているのも苦手なくせに珍しいことだ。
 用があるなら言えばいいものを、ずっとあらぬ方角を見つめて微動だにしない。あれから既に日が傾くほど時間が経っているが、こちらから何かを尋ねるのも躊躇われる空気だった。しかしこうして徒に時を過ごすのも、たまには良いものだ。
「…………ぅ」
 急にがくりと項垂れたサヤが、もぞもぞと体勢を変えた。同じ姿勢でいたから尻でも痛くなったのだろうか。決意の表情にはいつの間にか迷いが生まれていた。

「寒い、ね」
 やっとまともに話したかと思えば……。私はなんともないが、夜も近いこの時刻、人の体には堪えるかもしれない。思い至らなかった自分が腹立たしい。
「家に帰るぞ」
「えっ、待ってよ」
 立ち上がりかけたところへサヤがローブの裾を引いて止める。計らずも見つめ合って、あちらの目が慌てて逸らされた。
「寒いんだろう。風邪を引くぞ」
「だ……大丈夫だよ!」
 何故怒る。顔も赤くなっている。もう熱を出しているんじゃないだろうな。
 気が気でないまま座り直すと、サヤがそろそろと擦り寄ってきた。私に近づいても余計に寒かろうと思い離れると、泣きそうな目で睨まれる。意味が分からない。
「……手、繋いでもいい?」
 そんなことでいちいち許可を求めるな、と言うのも億劫で、黙ってサヤの手を取った。いつもより冷たいように思える。やはり無理にでも連れ帰った方がいいだろうか。

 手を繋いだまま何やらそわそわしていたサヤが、いきなり空いた手をこちらに手を伸ばしてきた。ぴたりと私の額に手をあてて首を傾げる。
「熱はないよね」
 あってたまるか。……こいつのやることはたまに、……いつも、訳が分からないな。
「スカルミリョーネ、あの、大丈夫?」
「……何がだ」
 挙動不審になりあちらこちらに視線をさまよわせながら、顔を赤くして口を尖らせる。これまでに拗ねるような出来事はなかったはずだが。
「だ、だ、だって、変だよ。変じゃない?」
 どちらかと言えばサヤの方がおかしいと思う。とは言わず、黙って続く言葉を待った。何故か困り果てたように私を見上げている。垂れ下がった眉を押さえて上げてやると滑稽な顔になり、無意識に口の端が上がっていた。
「人の顔で遊ばないでよ!」
「どうしたんだ。言ってみろ」
 なるべく苛立たしさなど出ないよう優しく問い掛けると、サヤはそのまま後ろへひっくり返った。いつも以上に意味不明な行動に、内心また何か言っただろうかと反省しつつ抱き起こす。何もしていないのに息があがっているようだ。
「なんか優しい……」
「不満なのか?」
「そうじゃなくて!」
 不満を抱かせないよう充分気を遣ったつもりだが、まだ足りないのか。私の譲歩にも限度がある……が、今までのことを考えればやはりこちらが我慢すべきかとも思う。

 一人で勝手に慌てふためくサヤを抱えて膝に乗せる。一瞬石化した気がするが錯覚だろう。助けを求めるように視線をさ迷わせるのが気に入らん。顔を両手で掴んでこちらを向かせると、先程触れた手とは違っていつもより熱かった。やはり熱があるな。
「何が不満だ」
 早急に解決して家に帰ろう。本格的に風邪を引かれては困る。
「不満とかじゃないけど、変なんだもん……」
「どこが」
「手だって繋いでくれるし」
「お前がそうしたいと言ったんだろう」
「引っついてても文句言わないし!」
「アミュレットがあるのだから問題はない」
 要領を得ない言葉に段々と苛立ってきた。結論から先に言えといつも言っているだろうが。
「話し掛けても欝陶しいって言わないし、無視しないし、うんざりしないし、ちゃんと返事してくれるし、変だよ!!」
「…………」
 そこまで力一杯言うほど……だったのか、私は。バルバリシアに煽られるのも無理はないかもしれん。しかし今その埋め合わせをしているつもりなのだが。
「私がお前の相手をしてはいかんのか」
「そ、そうじゃないけど」
「お前に好意を示すのが不満か?」
「…………スカルミリョーネが変〜〜!!」
 顔を合わせていられなくなったのか、私の腕を逃れてしがみついてきた。表情は見えないが、声からしてまた泣きそうになっているらしい。
 心行くまで甘やかすには、まだ程遠いようだな。自業自得だが、もう少しまともに相手をしていればよかった。

 かつては簡単に好きだの何だのと口に出していたくせに、最近はそういった類の言葉を聞いていない。本心が分かっているから不安ではないが、不満はある。せっかく返してやろうという気分になっているのだから素直に受け取ればいいのに。
「難儀な奴だ……」
 半ば自嘲の呟きにもサヤの瞳は不安に揺れる。全く信用されていないらしいな、私は。
「だって……信じられないんだもん。スカルミリョーネが受け入れてくれたことも……なんか、ありえないっていうか」
 有り得ないとは何だ。失礼な奴だな。……心が動く程には時間を共にしてきた。言い換えれば、その間ずっとサヤの想いを見ないふりしてきたのだから、仕方ないのかもしれんが。
「スカルミリョーネから返ってくるものがあるなんて嘘みたいっていうか、そんなのらしくないっていうか、無理させてるのかなって、」
「もういい、黙れ」
 他人のために無理などするものか。自分にできる範囲を超えても手を伸ばすのは、それが欲しい時だけだ。

 律儀に固く口を閉ざして、噛み締めた唇が白くなっていた。痛々しさに耐えられずそっとそこに触れると、呆気にとられたサヤがぽかんと口を開いた。馬鹿丸出しだが嫌いではないな。
「……柔らかいな」
「う……羨ましいの?」
「ああ」
 照れ臭さをはぐらかそうとして口にしたのだろう。私が素直に答えるとかえって困惑していた。
 指先でサヤの唇をなぞりながら、妙に焦がれるような気分になっていた。生きた人間であれば、同じものを有していれば……これを、もっと味わえたのだろうか。
 不意に驚いて目を見開いた顔が間近に迫り、無意識の内にサヤの唇を舐めていたのに気づいた。何の味もしないな。ただ柔らかいだけだ。気持ち良くはある。まともに口を合わせられないのが、やはり惜しい。
「……スカルミリョーネの舌って乾いてるね」
「お前が濡らしてくれればいい」
 言った瞬間に失言だったかもしれないとは思ったが、案の定サヤはまた突っ伏してしまった。
「いや、別に妙な意味で言ったわけではないが」
「じゃあ他にどういう意味があるわけ!?」
 しがみついてローブを握り締めたまま体をくねらせる。今また顔が赤いのは羞恥のせいか怒りのせいか、判別がつかない。……何と言おうか、もう少し精神的な意味合いで言ったのだがな……。
「じゃ、あの、口開けて」
「……?」
 まさかと思いつつ従うと、膝立ちになって口付けてきた。怖ず怖ずと入ってきた舌がどうしていいか分からずさまよっている。真正直すぎるのもどうかと思うが、面白いので困り果てる様を見ていることにしよう。
「……んっ、ふぅ……う……」
 唾液が絡み付き、生暖かい感触に不思議と不快感もない。何度か逃げ腰になるサヤを抱き寄せて、息苦しそうに眉をひそめたところで軽く口を噛んで離してやる。

「……意地悪じゃないの、変だけど、でも嫌いなんじゃなくて、だから、やっぱり好きだから、だから……」
「何が言いたい」
「だ、だから……でも、いつも通りの方がいい……ってなんで睨むの?」
 睨みたくもなるだろう。人が苦労して慣れない気遣いをしてやっているのに。
「家に帰るぞ」
「えっ、も、もう?」
「そんなに言うなら嫌というほど虐めてやろう」
「そ、そういう意味じゃないんだけど」
「うるさい。知るか」
 煽ったのはそっちだろう。抱えたまま立ち上がるとサヤは泣き真似をして、「スカルミリョーネが元に戻っちゃった」と、口角を上げて嬉しそうに笑った。……嫌がらせにもならんな。きっとその方がいいんだろう。

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