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逃走


 悪し様に罵られるか、感情のままに攻撃されるかと思っていたが、意外にもバルバリシアは冷静だった。それどころか普段よりも優しくすらあり気色が悪いほどだ。
「あの娘がお前に惚れたから、あたしが怒ると思っているのでしょう」
「……違うのか」
「違うわよ」
 しかし怒ってはいるのだな。他に理由など思い当たらんが、ただ単に存在が苛立つとかいう理由なら馬鹿げた話には付き合いたくない。

 思えばこいつがサヤを追い、サヤが私を追うようになってから、やり合う回数が激増したものだ。その欝陶しさも私が逃げる一因だったのだが……。
 似たような立場でありながら、バルバリシアに振り向かなかったのは何故だ。変わらず私を追い続けるならバルバリシアもまたそうするということではないのか。
「サヤがお前に好意を抱いてるなんてとっくに分かってたことよ。あれだけ追い回されていて自覚がなかったとは言わせないわ」
 そうは言わない。自覚せずにいるのは無茶なことだ。だが、好意はともかくあの頃のサヤとて私とこんな関係になるとは思っていなかったはずだ。
 もしも私が、すぐに応えていたら……ああも必死にはならなかったんじゃないのか。別にわざと避けて引き付けていたわけではないが。
「それよ!」
「……どれだ」
「今お前が思い当たって不安になっている事柄!」
 勝手に人の悩みを決めつけるな。不愉快な奴だ。おそらく当たっているだけに始末が悪い。
「あれだけサヤの好意を遠ざけて妥協させておいて、いざ自分の気持ちに気付いたら勝手なものよね」
 反論しようと思うのに言葉が出てこなかった。下心があって逃げていたんじゃない。本当に欝陶しかったんだ。……あの頃は。今は、受け止めてしまえばサヤは満足して追わなくなるのではないかと、不安なだけだ。

「……お前はとにかく反対するものと思っていたが」
「何故よ」
「サヤを独占したがっているからだ」
 またしても妙に優しげに笑った。一体どういう心境なのか、さっぱり分からん。
「馬鹿ね。サヤはあたしが幸せにするもの。誰を愛そうが関係ないわ」
「……何だそれは、聞き捨てならんな」
「あら、文句が言える立場かしら? 今まで散々傷つけておいて」
「それは……」
 悔しければ「あいつを幸せにするのは私だ」ぐらい言ってみろと挑発する。そんな臭い台詞を吐けるか! 考えただけで全身が痒くなる。

 私が逃げることでサヤは追いたくなり、追いかける内に想いが変容したのなら。あいつを追い回していたバルバリシアの想いは、私が打ち砕くことになる。怒りを抱きながらも笑う女を見て、唐突にそこへ思い至った。
「……すまん」
「何を謝るのよ」
 居丈高な態度は、想い人を奪われたなどとは思っていないようだ。しかしとうの昔から想っているのを知っていたのはバルバリシアも同じ。その内実がどうであれ、風はいつもサヤに向かって吹いていた。

「サヤがあたしをどう想ってるか聞いたの。教えてあげましょうか」
「遠慮する」
「あの娘はね、あたしのこと姉のように想ってるそうよ」
 聞きたくないと言っているのが分からんのか……。どうせ聞かせたいのなら最初からそう言え。私の意思など尋ねるな。
「年離れてるし身の程知らずかもだけど、お姉ちゃんだと思ってるよ」
 サヤの仕種と口調を真似て、その瞬間を再現するようにバルバリシアが言った。さすがによく見ているというか、やけに似ていて気持ち悪いな。
「恋人なんていくらでも換えがきくわ。でも家族は換え難いものよ」
 それは実の家族の場合ではないかと思ったが、反論して余計な被害を受けたくないので黙っておく。……そもそも、サヤはそう簡単に想いの矛先を変えはしないだろう。
「お前は一度嫌われたら終わり! けれどあたしは喧嘩してもやり直せるわ!」
「……それはよかったな」
「せいぜいフラれないよう努力することね。あたしは必ず、最期まであの娘を見守るから」
 家族としてか。……しかし同じ立場にいるのはバルバリシアだけではなかろう。似たようなことを言われる奴は何人もいる。真にあいつが選ぶのはただ一人だ。
 確かに、嫌われれば終わりだろうな。何よりも私自身、一度失敗して立ち直る気力があると思えん。終わればそれまでだ。同じ立場に戻ることはない。だからこそ失えない。
「……しかし、あいつは私に惚れているからな」
「ねぇスカルミリョーネ。当たらないって思ったけれどやっぱりムカつくわ」
 笑顔のまま風を巻き起こし、爆発寸前にまで高められた竜巻は、駆け寄ってくる足音に掻き消された。悔しげに喚く声に冷汗が流れる。
「……反対なんてしないわ。でも! あの娘がいない時は遠慮なく殺しに行くから覚えておきなさい!」
 息せき切って追いかけてきたサヤが私のもとに到達する直前、バルバリシアの姿は消え散った。……あれはもしかすると、しっかり傍にいろという叱咤だろうか。
「あ、あの、バルバリシア様は? どうなったの?」
「奴は負けを認めて去っ、」
 何か風の塊のようなものが後頭部に激突した。目に見えない、証拠も残らない悪意だ。サヤが不審そうに見上げてくる。
「……お前を幸せにしろと念を押された」
 まあ、嘘ではない。言われずとも、もう逃げるものか。死んでさえも逃げ切れんと分かってしまったからな。

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