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 姿は見えねど感じていた気配が今はない。この場にいるのはサヤ一人だった。私が存在しないことも含めて、だが。
 整然と積み上げられた木箱が並ぶ、ここは倉庫か何かだろうか? 同行していた奴らはどこへ消えたんだ。起きている間に何があったのか……。膝を抱えて退屈そうに揺れる、サヤの視線からは何も読み取れなかった。
「うーん」
「……どうした」
 答えもなく腕を差し出し、何かを問うように私を見上げる。……サヤの腕に銀のアミュレットが巻きついていた。
「何故それが……」
「わかんない。どう思う?」
 当事者たるサヤに分からないことを、私が理解できるわけがないだろう。
 毒が近づくことを阻むなら、アミュレットは夢と現実の境界線だ。こうして対面し会話している今、何故それが存在するのか。
 改めて周りを見渡す。いつの間にか目に映る景色は現実味を帯びていた。最初は触れている実感もなく、あやふやな意識の中でサヤの存在を朧げに感じていただけだった。
「……サヤ」
「うん?」
 手を差し出せば、その上に小さな手の平が重なる。引き寄せれば腕の中にサヤがいる。これも夢だというのか。本当に、夢なのか?

「切羽詰まったときに求めるのは頼りたい人の名前かもしれないけど、無防備なときに呼ぶ名前はきっと守りたい誰かなのよ」
 私の胸のあたりでサヤがそっと呟いた。頼りたい者と守りたい者が同一の存在だということも有り得るなと、不意に思った。
「ローザが言ってたんだって。……セオドアに聞いた」
 何故それを今、私に聞かせるんだ。昼間の話など聞きたくない。
「呼んでたのかな、わたし……」
 無防備なときに、誰かの名を? ……というかそうそう無防備な姿など曝すな。今は何を差し置いてまで守ってくれる者もいないというのに。
 私もいざというときには手が届かない。知らぬ内に永久の別れが訪れていた……、そんな間抜けな別離は御免だ。
「……なんか外の様子ヘンじゃない?」
「見なくていい」
 起き上がり扉へ向かおうとした体を制して腕の中に閉じ込める。今離せばそのまま帰らない気がした。くだらない妄想だと分かっているのに、一瞬の恐怖がこびりついて消えない。
 外にはいつの間にか魔物が溢れている。サヤが外に出て、私にそれを守り通すことができるのか。甚だ疑問だ。それを機に今度こそ闇へ還ってしまうのではないか。
「スカルミリョーネ? 大丈夫?」
 言葉を返せなかった。かわりに抱く腕に力をこめる。
 世界に何が起きているのか知れば、サヤはまた考え悩み、駆けて行くのだろうか。夢を見る隙もなくなれば、私はサヤの中から消え失せるだろう。
 意識の底で闇が動いた。いっそこのまま、連れ去ってしまいたいと。見えぬふりをしていた気持ちが抑え切れなくなってきている。

「……サヤ」
 かつて死に直面した時、呼んだのは誰の名だったか。この世界から消え去る瞬間、求めた姿は誰のものだっただろう。今も闇の底から見上げているのは。
「どうかしたの?」
 サヤが、こちらの世界を去る瞬間、誰の名を呼んだのだろう。誰の姿を思い描いたのか。
 いずれにせよ事実は変わらない。私はもう、いないのだから。
「随分と痩せたものだな」
 一瞬、サヤが目を見開いた。次いではにかむように微笑む。
「ろくなもの食べてないからねー」
 それだけだろうか。夜ごと訪れる闇のせいではないのか。負担となるのを厭うほど殊勝ではないが、この命を侵してまで自分の願いを叶えるほど傲慢でもない。
 最上の結末は、すべて見届けた後に、あちらへ還ることだろう。死人の願いなど振り返る必要はない。
 自覚するには耐え難い痛みを伴うと思い込んでいたが、実際はこんなものだ。間に横たわるものの深さは出会った時から少しも変わっていない。今更、何を怯える必要がある……。

 生きていたいという気持ちは理解できない。死にたくないと恐れたこともない。生も死もさして変わりはないもののはずだった。
 ただ傍にいたいという気持ちを、今頃になって強く理解してしまった。あれだけ求められても尚、自分の意地ばかり気にして拒絶していたのに。
 自分が失う側に立って、過去にしがみつき、サヤに取り憑いて……また繰り返そうとしていたのか。
「現実になどならない」
 すり替えることならできる。だがどう足掻いても死人は真実にはなれない。それは重々分かっているつもりだったのだが。
「……現実になんか、ならなくてもいいよ」
 そうはいかん。サヤが生きているのは現実なのだから。辛くとも生きたいと言ったのは、サヤだ。目覚めぬ夢は夢ではない。
 あと少しで本当に手に入ってしまう。おそらくはここが潮時だ。今ならまだごまかせる。……もう一度失うわけではない。
「もう、眠れ」
 何かを察してサヤが不安そうに見上げてきた。その瞼を無理矢理閉じさせる。せめて奴らが戻ってから消えようか。……いや、目覚めた時には一人ではないはずだ。
 最初から一人ではなかった。無理に私にしがみつく必要も、なかったんだ。
「おやすみ、スカルミリョーネ」
「……おやすみ」
 次に見る夢がサヤにとって幸せなものであればいい。欲望は願いに変えて、私は大人しく眠るとしようか。

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