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 いつも当然のように返される答えが恐ろしかった。躊躇なく受け入れられてしまえば、今度は拒絶されることが不安で堪らない。ならばいっそ遠ざけてしまおうと、逃げても……追い縋る手に逆らえず、気づけばまた傍にいた。
 夜が来る。始めは感覚も感情もあまりに朧げで、ただの夢だと思っていた。しかし日毎夜毎に記憶は確かになり、触れる肌の感触に確信を深めていった。
 不意に袖口がめくれあがりサヤの腕が目に入った。……アミュレットがないことに、気づいているのだろうか。これほど近くにいれば毒に蝕まれないはずがない。にもかかわらずサヤは苦しむそぶりもなかった。
 きっと幻だと思っているのだろう。これがサヤのみる夢だというならば、こうして思考する私は一体何者なのか。今は夢であっても現実になりえないわけではない。……その気さえ、あるなら。

「おはよーう」
「……おはよう」
 眠りについたばかりでその挨拶は間違っているんじゃないのか? サヤはどの程度の自覚があるのだろうか……。
 現実でないことは理解しているだろう。確かな時間が流れ、私が既に存在しないことも。……その後のことは。
「見事に真っ暗だね」
「そうだな」
 周囲は闇だ。地と空の区別もつかぬ程に、執拗なまでの黒で塗り潰されていた。無論、空を見上げても星は見当たらない。あまりにも現実味のない景色だった。
「ごまかしようがないって感じ……」
 夢でもなければ有り得ない世界に立っている。理由を考えるよりも先に、もう一度触れたいと願っていた。気づけばかつてのようにサヤがそこにいて、彼女が眠りにつく度に私の望みは叶う。今こうして話しているように。
 だが……太陽の下にある時には、また私だけが闇へと還る。光とともに降りてくる声がサヤを現実に呼び戻す。引き込みたいわけではないが、やはりあれらは疎ましいと思ってしまう。

「夢なら、なんでもありだよね」
 緩い笑顔を浮かべて、どこか悲しそうにサヤが呟いた。そして不意に、何かに気づいたように虚空を見つめて、勢いよく立ち上がる。慌てて私を振り返るその表情はとても真剣だった。
「もしかして今ならわたしも魔法使えるんじゃないかな!?」
「……は? ああ、そうかもな」
 この場所がただ思念のみで成り立っている世界なら、そういうこともあるかもしれない。異常な状況下にあっても思考はいつも通りのようだ。……それに救われているような、虚しさばかり残るような。
「やってみてもいい? だけど尻から出たらどうしよう」
「普通は尻からは出ないと思うが」
 どういう発想なんだ。尻から魔法を噴射しているところを想像しそうになった。やめてくれ。
「出るかもしれないと思うと余計にそうなる気がしてきた」
「暗示で魔法が使えるならば思い込みで尻から出るかもしれんな」
 一瞬で青褪めたサヤが真面目な顔で悩み始めた。ふと思ったが尻から出るのが補助魔法ならどうなるんだ? 尻から放たれたプロテスなどはあまりかけられたくないな。余計な状態異常もついてきそうだ。第一、気分的に嫌だ。
「尻からジハードなんか出たら死んじゃうよね……」
 前々から思っていたがやはりこいつは馬鹿だな。相当な馬鹿だ。ジハードがいかなる魔法か知らんが、答えなど考えるまでもない。
「尻から出ようが鼻から出ようが夢の中で死ぬわけがないだろう」
「あっそうか」
 正直なところどこまで夢かは疑わしいのだがな。サヤの反応に頭が痛くなってきた。夢の中でも偏頭痛は起こり得るのか?
「でもー死ななくても嫌だな、尻からメテオとかは」
 もう少し下位魔法から試そうとは思わんのか。どうせ実際に使うわけではないにしろ、何故いきなりメテオなんだ。おこがましいにもほどがある。しかも尻から。いや、尻から出ると決まったわけではないが。
 ああくそ、何故いつまでも尻のことばかり考えなければならんのだ。
「……試すなら押さえておいてやるぞ」
「押さえるって……いやいやそういうの似合わないからスカルミリョーネは」
「チッ」
「舌打ちするとこなの!?」
 似合うも似合わんもあるものか。せっかくの人の好意を無下にするとは。
「押さえたかったんだ……」
「ああ」
「なんか変だな。なんか変、らしくないよ」
「私はお前の願望だから現実と食い違っているだけだ」
 でなければサヤの理解が足りなかっただけのことだ。……どうせ夢幻とお互いに自覚しているなら、意地を張る必要もなかろう。
「が、願望かなー、なんか違うような……ま、まあいっか」

 過去に戻っても先は見えている。もう一度置いて逝くのは嫌だ。見送ることには慣れている。……見届けさせるのは、嫌だ。できることなら最後に見た夢を叶えたい。
「魔法が使えたら」
 呆然としてサヤが嘆く。またくだらないことを思い悩んでいるのか。魔法とて万能ではない。それよりももっと、ただ黙って傍に。
「魔法……使いたい……」
 虚ろな瞳のままこちらに向き直ると、怖ず怖ずと手を差し出し、聞き慣れない呪文を唱え始めた。
「生命を司る精霊よ……失われゆく魂に、今一度命を与えたまえ」
 ああ。お前は何故そんな呪文を覚えているんだ。
「……アレイズ!」
 しばしの沈黙の後、天に掲げられた手が虚しく降ろされた。また笑うかと思っていた。何もなかったように、冗談だったと言うように、笑うと思っていた。
「……やっぱり、アンデッドだからダメなのかなぁ」
 たかが呪文一つでいきなりそんな高度な魔法が使えてたまるか。いくら夢の中とはいえど。
 もっと時をかけ、手間をかけて、想い続けていなければ……。
「無念多き屍どもよ、永劫続く苦痛と共に、不死を……ダメだ、永劫続く苦痛なんか」
 諦めも悪く唱え続けたサヤが、途中の文言で忌ま忌ましげに首を振った。
──…………。
 夜が終わる。続きはまた明日だ。……明日の続きは明後日に。一日を積み重ねてゆくのは得意だろう?
「呼んでいるぞ」
「……もうちょっと寝てろとか、言えよ!」
 口汚くばかあほと罵りながらサヤは消えた。耳に残った声に苦笑がこぼれる。引き留められるならそうしている。だが、私の望みはそんなことではない。
「……また明日だ」

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