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闇
「サヤさん」
「……んっ、何? 呼んだ?」
ぼーっとしてる時って、ぼーっとしてるから自分が何を考えてるのかわかんないんだよね。セオドアに声をかけられるまで何を見てたのかも思い出せなかった。
「大丈夫ですか? 何度か声をかけたんですけど」
「あー、ごめんね。ちょっと考え事してただけ」
あの謎のターバン男はどうしてわたしを微妙な目で見るのかとか。もう夜になっちゃったなあとか。夜になっちゃったんだなあとか! 当然のように野宿なんだぁとか。これからバロンに着くまでにまた貴重な体験をいっぱいできそうで嬉しいです、とか……。
うう、昼間の縦に真っ二つなモンスターを思い出しちゃった。きもちわるい。
「……本当に大丈夫ですか?」
「う、うん。平気」
ここに……戻ってきたとき。そう、「戻ってきた」って思えたんだよね。どうしてだろう。……どうせなら、もう一度同じものを見たかったな。何度後悔しても、同じ苦しみを味わうことになってもいいから。
わざわざわたしを追い越して時間の過ぎた世界なんて。過去の幻でもよかったのに。せっかくここに、戻ってきたんだから……。
「……そろそろ休め。お前はテント、セオドアは寝袋だ」
「はい」
べつに一緒にテントでもいいのにな。変なとこ気を使う人だなぁ。まあいいけど。
一人で寝そべって見つめるテントの屋根。暗い。真っ暗だ。
何事もなかったかのように、あっちの日常に帰って。ホントに「何もなかった」みたいで、夜眠るときには胸を掻きむしりたくなるほど辛かった。
ふと腕を撫でて、そこにある感触を確かめる。大丈夫、現実だ。夢じゃなかった。
そうやって得ていた安心感は、こっちに戻ってしまえば逆にわたしを追い詰める。……もうどこにもいないんだ。それも現実。眠ってしまわなければ出会うことすら叶わない。
息が荒くなってた。まるでうなされてるみたいに眉を寄せて、肌を這い回る感触に体が跳ねる。背中の下にあるのは布団なのか地面なのか、今いる世界はどっちなのか、鈍い頭で答えを出そうとしてすぐに諦めた。
どっちだっていいんだ。これは夢、ただの幻。
覆いかぶさってるのはただの闇だった。目を開けば正面に金の双眸が……見えた気がしたけど、幻覚だった。
手を伸ばしてしがみつく。存在感がいつにも増してリアルで、なのに姿ははっきり見えない。縋りつきたくて堪らないのに絶対受け入れてくれない。だけどわたしなんかの手の届くところにいつまでも留まってる。
その曖昧で身勝手で臆病な態度が、まるで。
「サヤ」
……まるで戻ってきたみたいだなんて思ったのに、応える声が聞こえたってことは、やっぱり夢なんだ。
目を覚ましたらきっと何食わぬ顔で日常が待ってる。いつも通りの……。二度と帰らないものを、思い出すだけの。
寝乱れたあともなく、何の証も残らない。大人しく穏やかに眠っていただけのわたしに戻る。だけど多分、それが現実なんだよね……。
「サヤさん、おはようございます」
「……おあようございまふ」
う、途中であくびが出た。でもそのおかげでセオドアの表情がちょっと緩んだからいい。あれぇ、一回起きて見張りの交代するんじゃなかったっけ。わたし気を使われてる? や、でも空がやけに暗いような。明け方っていうか、まだ夜中みたい?
「ねえ、わたし大人しく寝てた?」
「えっ? は、はい」
なんで動揺するのかなー、何か変な寝言でも言ったのかな。カレーライスが食べたい! とか。……まあ寝言は寝言だからいいや。
「あれ、謎の男がいない」
「水を汲みに行く、って」
向かった方向を指差しながら夜営のあとをテキパキと片付ける。変に手を出すと邪魔になりそうだから、わたしは黙って見ておこう。
戻ってきたら出発かな。なんか妙に怠いなぁ、寝た気がしない。徹夜明けって気分なのはどうしてだろう。
いやまあホントはわかってるんだけど、口に出すのは憚られる内容だもんね。夢をみるのってけっこう消耗する。ならさっさと諦めちゃえばって何度も思ったけど、結局は夜が来る度に思い出してた。
……朝も昼も、どこにいても、ずっと、いつも。失ったものの大きさにうちひしがれて、何度も同じ後悔をする。
そうやって思い出してなきゃ忘れそうで怖かった。消えて無かったことになるのだけは耐えられない。痛みが実感になるなら苦しみも喜びに変わる。
夜が来ればまた反転する。夢が現実に成り済まして、それを信じるふりをして。闇に抱かれて異質な何かを受け入れて……それで幸せになれるわけないけど、慰めには充分だから。
昨夜より闇が深い気がした。よく目を凝らすと、おぼろげな輪郭が見える。
それは人によっては吐き気を催す見た目と匂いで、本人もその容姿をすごく嫌ってたのを思い出した。
同時に、後ろめたさ。そんなことわたしは気にならない。それでも好きだって、そう言えば、迷惑を省みないで好意を寄せる……自分の厚かましさがごまかせる、かなって。
「……お前は私が怖くないのか?」
「怖くないよ。だって、もう見慣れてるし」
見慣れすぎて、そこにいないことが怖いくらい。
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