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 無為な時を過ごしても、無駄な命と成り果てても構わないと、ずっと思っていたのに。共に過ごす時間は妙に満たされている気がした。失うのを苦しいと思うほどには。
 今の私は生きているのだろうか。それを幸福だとでも思っているのか。以前ほどは追い掛けて来ないことに、腹立たしさよりも焦りを感じていた。今この時、私のローブを掴む指に、何よりも安堵している。
 まだ変わってはいないと。……しかしどこかでは、変わることを望んでいる。その想いを知られてしまいたい、とも。

「なんだかこの畑……何と言うか……す、すごく、すごいですね」
 呆れつつそれを表には出さないように、熱すぎる茶を飲みながらセオドアが呟いた。
「サヤが無節操に植えるからな」
 芋から始まった畑は今、小さな森と化している。何がどの苗から育ったのか、もう本人にも分からないだろう。
「でもこれはこれでワイルド?でいいんじゃないかな」
 混沌の創造主は呆れられているのを分かっているのかいないのか、何と無く満足げに畑を見つめている。このところあれが食料を排出する役目を担っていないことについて、どう思っているのか聞いてみたいな。

「ところでサヤさん、あの人達の中では誰が一番好きなんですか?」
「ブッ」
 突然の質問に驚き茶を噴き出したサヤが、そっと差し出されたハンカチを受け取りつつ自分の背中をさするセオドアを見た。
「動じないねセオドア……」
 というよりも何故サヤが動揺したか理解していないだけではないのか。遠回しに聞くとか本題の前に一呼吸置くとか、そういう気遣いを覚えるべきだな。
「で、誰なんですか?」
「……どうしても聞きたいの?」
 セオドアが頷くのを見て何故かいたたまれない気分になり目を逸らす。
 サヤが我等の中で誰を。……明確な答えが出れば今後の身の振り方にも関わってくる。……聞きたいといえば私も聞きたいが……後ろめたい気持ちがあるような。何を知られているわけでもないのだが。
「僕はスカルミリョーネさんかなと思うんですけど」
「……何故そうなる」
 急に話を振られて思わず顔を見てしまった。セオドアはいつものことだが意味ありげな表情だ。私だと断言できるほどの自信は一体どこから来るのか。何も、知らぬはず……なのに。
「そ、そう思うなら、なんでスカルミリョーネの前で聞くの?」
 どもりながら視線をさまよわせたサヤが、強くローブの袖口を引いた。つられて私の体が傾く。
「バルバリシアさんの前では聞けないし、放っといたらサヤさんは隠し通しそうだからです」
「…………セオドアって……」
「はい?」
 余程よくサヤのことを理解しているようだな。バルバリシアの前では嘘にしろ本音にしろ迂闊なことは言えん。
 だが奴でなければ他の誰でも構わないはずだ。無論ゴルベーザ様でもよかったし、何ならカインやローザでも立会人にはなれただろう。
 わざわざ私の前で尋ねたのは何らかの確信があるのか。まさか、……いや、まさかだな。……知られているはずがない。しかしもしも知られていたら……どうするべくもないな……。

「えっと」
「……こっちを見るな」
 困惑しきったサヤがじっと私を見つめていた。私が手助けしてやれる問題ではないし、その気もない。
「か、あ、う、だから、好きって言うなら、誰が一番とか、でも、聞かれても……ね、ねぇ?」
「だから私に振るなと言うんだ……」
 何故だろうか。出されない答えに少し気分が塞いだ。あまりにも予想通りの言葉だったからか? 誰が一番でもない。……何も変わってはいない。
「じゃあ、サヤさんが愛してるのは、生涯を共にしたいのは誰ですか?」
「そぁ、う」
 謎の音を発してサヤが固まった。……よくもまあここまで顔を赤くできるものだな。血が流れているとこうも顔色が変わるのか? どういう反応が起きているのか未だによく分からんな。
 やはりこの頬は見た目通り熱いのだろうか。……触って確かめてみたくなった。
「生涯は、だって、ここで一緒に、ふぁい?」
「ス、スカルミリョーネさん?」
 訝しげな声にふと気づくと、見慣れた手がサヤの頬を掴んでいた。……しまった、完全に無意識で……今更引っ込みがつかんな……。
 とりあえず伸びるだけ伸ばしておくか。
「あにょ、ひょっといひゃいんれふへろ」
「……思ったほど熱くないな」
 言ったそばからまた赤くなったが大丈夫なのだろうか。じわじわと掌が温かくなってきた。……私の触覚が鈍いだけか? ならばサヤの内はもっと熱いのか?
「な……なにしてるの? なにがしたいの? なにこの状況なんか狡くない?」
「……それで?」
「えっ何が」
 混乱するサヤの隣でセオドアがこそこそと立ち上がった。顔を両手で固定されているサヤは気づかない。その視線は私に向けられていた。
 視界に入らないまま白い頭が一礼して、黙って祈りの館へと向かう。……始めこそ気に入らない奴だったが、周りの見える人間というのは有り難いものだな。
 理解されすぎているのも少し恐ろしいが。

「……それで、お前は我等の中で誰が一番好きなんだ」
 現状、人間の感覚で言うならば私は幸せなのだろう。だが変えたいと気づいてしまったのだから仕方がない。
「ず、ずるい……なんでスカルミリョーネが聞くの? なかったことにするんじゃなかったの!?」
 ……やはり覚えているのかもしれんな。当然といえば当然か。私は心を操る術も記憶を塗り替える力もないのだからな。
 覚えているなら。敢えて夢幻のふりをしていたのなら。それはそれで好都合だ……。
「教えてくれ、サヤ……お前は私を」
 愛しているのか?

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