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ペット


「これって洗脳? そうじゃなくても暗示だよね?」
 やけに虚ろな瞳でサヤがそう尋ねた。あまりにも無表情だったために、洗脳でなくとも何かの病かと心配になる。いらぬ刺激を与えないようできる限り穏やかに、何の話かと問い返すと、始めは落ち着いて話しはじめたのだが。
「ゴルベーザってあんなにカッコよかったかなぁ」
「は?」
「なんかもうやばいの。一回好きだなって思ったら連鎖反応でどんどん、どんどんカッコいいなって……!」
 言いながら何を思い描いたのか、私のローブを握り締めて身悶えだした。客観的に見てやばいのはお前だ。今なら衝動のままに殴り飛ばしても許される気がするのだがどうだろう。
「……好意が募るなら良いことだ」
 しかしゴルベーザ様のためには耐えねばならん。拗れに拗れた結果ようやくここまでこぎつけたのだから、あとはサヤがこの惚気っぷりをゴルベーザ様御本人の前に曝してくれれば。……想像すると痒くなってくるが。

「そうまで想っているならなぜ口に出せんのだろうな」
 至極まともな疑問だが、それはサヤにとって地雷だったらしく、
「だって伝えきれないじゃん! 好きって何!? そんなこと頑張って言ってみても『それで? だから何?』って感じじゃん! わたしはゴルベーザのためなら何でもしたいよとか世界中がゴルベーザを憎みっぱなしでもわたしは絶対裏切らないよとか誰かに反対されたってわたしはゴルベーザだけをあああ愛してますよとかもし仮に元の世界に帰っちゃってもすぐ連れ戻してくれるよねっていうかわたしが全力投球でこっちに戻る方法探すけどとかもうわたしが生きてる全部がゴルベーザのためだよとか、そんなの一言で伝えられるわけないでしょ!?」
「そうだな」
「何その投げやりな返事!」
 異性として見られないだのと吐かしていたのは何だったのか。やはり記憶が蘇ったことが良かったのだろうか。ほんの少しずつではあるがゴルベーザ様とサヤの関係も変化しつつある。
 このまま安定してくれればいい。緩みきった顔でつらつらと惚気られたり、いろいろな意味でどうしようもない話に付き合わされるのは欝陶しいが、二人が順調に距離を縮めるのは私にとっても喜ばしいはずだ。

 少なくともサヤの話を聞いている間だけならそう思っていた。奴は人間としても幼いそうだし、拙い感情を持て余していても私が大目に見てやらねばならないだろうと。
「最近は口に出されずとも喜びを感じられるようになった」
 しかしゴルベーザ様、あなたはどうなのでしょうか。今更あなたに対する忠誠心が揺らぐなど有り得ず、有ってはならないのだが……。
「言葉だけが手段ではないと悟ったんだ」
「はあ、それは結構な事ですね」
「見ていろスカルミリョーネ」
 呼び出したサヤに「お前の好意は私に向いているか」と問う。言葉による返答を必要としない、頷くだけで済ませられる「ツンデレ」とやらにも易しい尋ね方だった。が、やはりサヤは硬直してしまった。
 みるみる内に赤く染まってゆく頬を、ゴルベーザ様は楽しげに見守っていた。以前ならばやはり真っ直ぐに好意を寄せられはしないのだと消沈していたものが、ようやく自信がついてきたのだな。喜ばしいことだ。
 微動だにしない、というよりもできないかに見えたサヤは、湯気の立ち上りそうなほど色付かせた頬を両の手で覆うと、声も出せずに微かに頷いた。そして自分の中にある恥ずかしい結論に耐えられず走って逃げて行った。
「……どうだ!」
 喜色満面で振り返ったゴルベーザ様の顔には、読心術の心得のない私にさえ読み取れる程にでかでかと、『可愛いだろう!?』と書かれていた。心底どうでもよかった。

「できぬと言うならば、互いの望みが叶うようしつけてやればいいのだな」
 ゴルベーザ様、私には人間の感情など知るべくもありませんが、それは間違っていると確信できます。まあ止めはしないが。
「考えようによっては最初から素直な女よりもいいとは思わぬか」
「はい」
「恥ずかしくて言えないという前提がなければ無理矢理言わせるという楽しみもまた生まれないわけだ」
「はい」
「追い詰めに追い詰めて理性など吹き飛ばし、我を忘れて自分が何を言っているのかも分からなくなったサヤが私に縋ってようやく好きだと言う、こんな喜びが他にあるだろうか」
「殴りたい」
「ははは、嫉妬かスカルミリョーネ」
 二段構えで惚気を聞かされるという苦痛に思わず本音が漏れた。が、ゴルベーザ様は全く気にするそぶりも見せず、それどころか「しかしサヤは渡さんぞ」などと戯言を。あああああもう。

「……という出来事があったんだ」
「ふーん」
 一連の非常に疲労感を煽る流れを話し終え、再び苛立ちが募る私に、バルバリシアは気のない反応しか示さない。サヤの相手が他の男であればここに到るまでもなく爆発していただろうに、ゴルベーザ様が平穏であればその他の事柄はどうでもいいらしい。
「……一瞬でも、主に殺意を抱くのは、間違いなのだろうな」
「いいじゃない別に」
 しかし予想外にも彼女は私の不敬を肯定した。ぼんやりと日々を眺めるバルバリシアを、こちらも呆然と見守る。
「人間というのは恋をすると多少壊れるものらしいわ」
「多少か?」
「初めて手にした恋心なんだから、遠くから見守ってやりなさいよ」
 遠くからか……。バルバリシアとて関わりを避けるでもなく深くゴルベーザ様に助力し、サヤの惚気も聞かされているはずなのに、なぜこうも冷静でいられるのだろう。私より余程大きな被害を被っているだろうに。

「……よく苛立たずにいられるな」
 半ば呆れを、半ば尊敬も篭めて見遣る。面白いところだけ首を突っ込み、面倒は避けて通る……あの二人との距離の取り方は、バルバリシアの方がよく把握しているようだ。
「単にお前に耐性がなさすぎるんじゃないの。嫉妬よ、嫉妬。モテない男のひがみね。とてもみっともないわ」
「そうか。分かった。死んでくる」
 ゴルベーザ様にさえ沸き上がってきたどす黒い感情の正体に何と無く納得してしまった。そして何よりバルバリシアの憐れみの視線が痛かった。

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